第28章
映画の仕事⑧
俺は家に帰って洗濯物と
風呂とトイレ掃除をした。
風呂場の脱衣所にキラリと光物を発見した。
それは・・・
ニノに俺から贈った結婚指輪だった。
あいつ、こんな所に外して忘れてんだな?
失くしちまったらどうするつもりだよ。
俺はその指輪を上着のポケットに仕舞い
寝室に上がった。
ちょっとだけ焦らせてやろうと思って
その指輪をベッドの脇のローチェストの中に隠した。
仕事の時はさすがに身に着ける事は出来ないから
あまり自分でも指輪って嵌めてなかったんだけど
ニノはわりかし休日とかになると
コマ目に指輪を嵌めてくれてた。
俺への愛情の証かな?
俺が気付かないとでも思ってるのかな?
俺は意外とそういうところちゃんと観てるのに。
共演した女といい感じに見えたからといって
ニノの俺に対する気持ちが変わるなんて
そんな馬鹿げたこと有り得ないのは分かってるけど
今回、俺が感じてしまったことは・・・
俺なんかがアイツの人生を束縛しちゃっても
いいのかなって。本当は、普通に結婚して子供作って・・・
ニノにはもっと違う人生も本当は
待ってるんじゃないかな、なんて
ニノが聞いたら怒るかな?
当然そんなことは口が裂けても言わないけど。
指輪を失くしたって焦るニノの顔を思い出して
ちょっとニヤケながら1階に下りて
酒のツマミでも作ろうとキッチンに立つ。
冷蔵庫の中には
豆腐と母ちゃんが宅配でこの前送ってくれた
魚の干物が入ってた。
それをコンロで軽く炙って
冷奴に薬味を沢山乗せて
ビールと一緒に食卓に運ぶ。
時計に目をやると
夜10時を回ってた。
ニノ・・・遅くなるのかな?
そんなことを考えながら
缶ビールの蓋を開けたら
ドタバタと玄関から走って来るニノの足音が聞こえた。
智 「お疲れ・・・」
和 「うん、疲れた。」
智 「撮影押したの?」
和 「Mちゃんが緊張し過ぎちゃってさ、NG出し捲くりでさぁ。」
智 「マジか。」
和 「ああっー!なに自分ばっかり旨そうなの食ってるの?」
智 「え?お前も食うか?手を洗って来いや。」
和 「うん・・・」
俺は洗面所に走ってくニノの後姿を見て
笑いを堪えた。
きっと指輪、探すよね・・・。
それから数分後に普通の表情で戻って来たニノ。
和 「俺も飲もうかなぁ・・・」
智 「え?あ、うん・・・」
あれ?気付いてないのか?
普通は手洗いして直ぐに指輪着けるんだけどな。
あんまり疲れてて忘れてるのかも。
俺はニノに冷蔵庫からビールを取り出して手渡した。
和 「ありがと」
うん、絶対忘れてる。
さっきから顔色一つ変えない。
何だよ。つまんねえな。焦ってるニノを見たかったのに。
和 「どうして観てたの?さっき。」
智 「えっ・・・ああ~リハーサルか?」
和 「そう・・・」
智 「取材まで少し時間有ったし、暇だったから。」
和 「スゲー顔してたな。」
智 「そ、そうか?」
和 「眉間にしわ寄せて・・・どうせまた変なこと考えてたんでしょ。」
智 「何も考えてねえし。」
和 「顔に全て書いてあるから、俺には分かるの(笑)」
智 「何だよ、ホントに何も考えてねえったら。」
和 「ハイハイ(笑)」
智 「明日はレギュラーの収録だから撮影は無いのか・・・」
和 「明後日はいよいよだよ?」
智 「え?」
和 「えっ、じゃないでしょっ。キスシーンだよ。」
智 「ああ~」
和 「へえ、随分余裕なんだね?」
智 「別に気負うこともないだろう・・・」
和 「いつも通りとか思ってないでしょうね?」
智 「普段通りでいいじゃん。」
和 「駄目だよ。あなたが強引にって設定なんだから。
そんなフニャフニャじゃ監督からNG喰らうから。」
智 「本番では見てろっ、ちゃんとやる。」
和 「言いましたね(笑)じゃあ、もう言わない。
さっ、俺はお風呂入ってくる。」
智 「うん、俺はもうちょっと飲んでる。」
今度こそ脱衣所で気付くだろう。
いっつも余裕なニノが焦るとこが見れるぞ。
ところが・・・
風呂から上がってミネラルウォーターを飲みに来たニノは
何時もと変わらない。
あれれ?
完全に忘れてる?
マジかよ?あんな大切な物・・・簡単に紛失でもしたら
一体どうするつもりだよ・・・。
和 「俺疲れたから、もう先に寝るよ・・・」
智 「あ、待ってよ。俺も行くから。」
さっさと食べた後の片付けをして
ニノの後を追う俺。
寝室に入ると、ニノが携帯を弄ってベッドに寝転んでた。
智 「疲れたから寝るんじゃなかったの?」
和 「ちょっとメールを・・・」
智 「ん?誰?」
和 「気になります?」
含みのある言い方。
そりゃ気にならないわけ無い。
智 「別に・・・」
和 「女優のMちゃん。アドレス交換したんだ。」
智 「はあ?」
ニノは噴出して笑いながら
冗談ですと言い放った。
つづく