Destiny
もう一つの未来 31
「あ、ニノちゃんお久し振りぃ。
こちらは田所さんっていうの。
ちょっとおおちゃんとニノちゃんにどうしても
紹介したくて勝手に今日は連れて来ちゃったんだけど・・・」
「初めまして。田所と言います。」
「ど、どうも・・・。二宮です。
えっと、散らかってますけどどうぞ入って下さい。」
藍さんが突然予告なしに見知らぬ男性を連れてきた。
何者だろう?まさか、藍さんの恋人?
俺はちょっと戸惑いながら二人を玄関からリビングへと通した。
「ところでニノちゃん、おおちゃんは?」
「あ、うん。今呼んで来るけど、その前にちょっと
藍さんに俺から説明しなきゃなんないことが有るの。」
「えっ?あたしに?」
「うん。あのさ・・・藍さん、気を落とさずに聞いてね。」
「やだっ、何よ?」
「実はさ、智なんだけど、藍さんの事覚えて無いんだ。」
「えええっ?う、嘘?」
「信じられないかも知れないけど、本当だよ。」
藍さんは田所という男性と顔を見合わせた。
それから二人で頷いて真剣な表情で俺に話し始めた。
「ニノちゃん、実はあたしも今日はちょっとおおちゃんの事で
相談が有って来たの。」
「えっ?智のこと・・・?」
「こちらの田所さんはね、うちの店に来てくれてる常連さんなんだけど、
都内で有名な脳神経外科のお医者様をなさってるの。」
「そ、そうなんだ・・・」
「おおちゃんの話をしたら、相談に乗ってくれてね。
二人にも是非先生の話を聞いて貰おうと思って・・・」
「病気のこと?」
「そう。・・・先生?やっぱりおおちゃんの病気、
思ったよりも進行しちゃってるみたい。
あんまりゆっくりもしてられないわよね?」
「ああ、出来れば早急に対応した方が良いと思う。」
「とりあえずニノちゃん、おおちゃん連れて来てくれる?
話はおおちゃん本人にも聞いて貰いたい事だから。」
「わ、分かった。直ぐに呼んでくるよ。」
藍さんがどんな話を持ってきてくれたのかは分からないけど
藍さんも智の事はずっと気に掛けてくれてたわけだから
悪い話では無いと思った。
詳しい事を早く聞きたい俺は、何も知らずに個室で絵を描いてる智を
急いで呼びに行った。
「智、藍さんがお医者様連れて来たよ。
何かあなたの病気の事で話があるって。」
「え?何だろう?」
「分かんないけど、とりあえず一緒にあっちで
話を聞きましょう。」
「う、うん・・・」
智は初対面と変わらぬ藍さんと、全く知らない医者に会うのに
若干不安そうな表情を見せた。
「大丈夫ですよ。俺も一緒だから・・・」
俺は智の肩を抱くようにして、藍さんと医者の待つ
リビングへと移動した。
「智、こっちが藍さんで、こちらがお医者様の田所先生。」
「ど、どうも。」
「初めまして。今日は突然お邪魔してすみません。」
「本当におおちゃん、あたしのこと分からないの?」
「ご、ゴメンなさい。」
「そっか。それなら尚更今回の話、さっさと進めないとね。」
「藍さん、その話って?」
「僕からご説明しますよ。」
田所という医者が俺達にA4サイズくらいのパンフレットの様な物を
俺達それぞれに手渡した。
「これをちょっとご覧になって頂きたいのですが。
僕は脳神経外科の医師なんですが、近年増加傾向にある
認知症の治療法や予防について、研究をするプロジェクトチームに
参加してまして・・・たまたま藍さんから大野さんのお話を
伺って、藍さんとしては何とか大野さんを助けて貰えないかって
ご相談を受けましてね。」
「あ、あの・・・この病気って完治しないんですよね?
智は早期の発見だから、担当医からは治療は有効だと言われました。
だけど、明らかにちょっとずつだけど記憶が失われてくの
近くで俺が見てて感じるんです。何とかなるんでしょうか?」
「こちらのパンフレットは、スウエーデンの認知症専門の病棟の物ですが
ここに僕の同僚の日本人医師が勤めています。
元々海外は日本とは違って、認知症の治療に対する取り組みが
積極的なんです。大野さんの症状をお聞きしたところ、
確かに早期発見ということですが、このままここで
投薬の治療を受けていても、いずれは細切れに記憶が無くなるのは
目に見えています。」
「そ、それじゃどうすればいいんですか?」
「再来週、僕は偶然スウエーデンに学会で渡る事が決まってて。
大野さん?パスポートはお持ちですか?」
「えっ?あ・・・はい。」
「もし宜しければ、僕の同僚の医師を紹介しますので
その時にご同行頂ければと思うのですが・・・」
「ス、スウエーデンに?」
「はい。現在日本で診断を受けても細かな症状まで把握することは
なかなか不可能なんで、漠然とし過ぎた治療法に頼るから
投薬の効果が表れないって例が沢山有るんです。
向こうの診断次第ではもっと有効的な治療法を得る事が可能です。
けれど、これもあまり症状が進むと手遅れになる事も有るので
たまたま僕も予定が合いますし、ご一緒させて頂ければ
何とかお力になれるかも知れない。」
「一緒にスウエーデンに行けば治るの?」
「まだ、ここで100%それはお約束出来ないです。
でも、何もしないより可能性は有りますよ。」
「智、行きなよ!行くべきだよ!」
「そうよ、おおちゃん。駄目なら駄目でいいじゃない。
何もしないでいるより、1%でも可能性が有るなら
あたしは行くべきだと思う。これはおおちゃんが大好きな
ニノちゃんの為でもあるのよ?分かる?」
「う、うん・・・」
「それじゃ、決まりですね?」
こうして智は微かな可能性を求めてスウエーデンに行く事が決まった。
俺も一緒に行きたかったけど、どうしても仕事が有るから
スケジュール上それは無理で、智と田所先生と二人で向かうということになった。
つづく