Destiny
もう一つの未来 34
余計な雑音が一切入らない浜辺・・・
聴こえるのは打ち寄せる波と風の音だけ。
智のキスがあまりにも優しすぎて、
俺は涙が止まらなかった。
いっそこのまま時間なんて止まっちゃえばいいのに。
「ゴメンね・・・本当に泣きたいのはあなたなのに。」
「ううん。おいらは泣かないよ。おいらの分まで
ニノが泣いてくれたからね。」
「あなたは強いよ・・・」
「ニノ、おいら決めた。田所先生の治療を受けるよ。
その代わり、1か月だけ時間を貰う。」
「えっ?」
「ひと月も有ればさ、今までお世話になった人達に
記憶が有るうちに挨拶とかも出来るし、
ニノともこれから期限決めて沢山思い出作らなきゃなんないし。」
「たったひと月でいいの?」
「うん。こういうの先延ばしにしても、辛いだけだしね。
先生も早いに越したことないって言ってたしさ。
おいらも、どうせなら過去に未練残すよりも
さっさとリセットしてさ、新しい記憶を上書きした方が
人生楽しめるんじゃないかって思うんだ。」
智はここでこのタイミングで覚悟を決めた。
俺はその決断に着いてくだけだ。
だから俺もそう何時までも泣いてられない。
智みたいに前向きに現実と向き合わないとって思った。
「そろそろ帰るか?日が傾いて来たな。」
「うん、流石に風邪引いちゃうね。」
俺達は静かに立ち上がり、その浜辺を後にした。
二人の初めてのドライブデートだったけど
なんかお陰で凄く劇的だった。
帰りが遅くなったので、近所のスーパーで
惣菜コーナーの出来合いの弁当を買って帰った。
「今日はこれで我慢してね。明日はちゃんとしたの
作りますから・・・」
「いいよ。食えれば何でも。それよりこれ食べたらさ・・・」
「ん?」
「これから1か月のスケジュール立てたいんだけど
ニノも付き合ってくれるか?」
「うん。いいよ。」
俺達は、晩飯を食べ終わるとテーブルの上を片付けて
智がノートを開き、筆記具を持って
向こう1か月の計画を練り始めた。
「先ずはあなたのご両親の実家に説明報告に行かなくちゃね。」
「うん。それはおいらが早速明日にでも行って来るよ。」
「あ、俺も一緒に・・・」
「ニノは仕事有るからいいよ。」
「で、でも・・・」
「大丈夫だって。」
「そ、そう?」
仕事、1か月は休ませて貰えないかな。
智が期限決めたのに、呑気に仕事なんかしてられないんだけど。
「ニノはおいらと何かしたいことある?」
「えっ?・・・そうだなぁ・・・」
記憶が有る智としておきたい事は沢山あり過ぎて
何からやったらいいのか、正直分かんないくらい。
「おいらは一つはもう決めてる。」
「え?何を?」
「記憶が有るうちに、おいらはニノとエッチする。」
「えっ///ふ、ふざけてないですよね?」
「うん。なんなら今からする。」
「だ、だけど・・・前にあなた俺とはしないって・・・」
「うん、言った。言ったけど、あの時とは事情が変わったじゃん。」
「た、確かにそうだけど///」
「えっ?嫌か?」
嫌な訳ないでしょ。
俺は智が好きだからここで一緒に暮らしてるんだし
今まで同じベッドで寝ていながら何もしなかった事が不思議だし、
自分って魅力ないんだなって自信さえ失い掛けてもいたんだから。
「嫌か嫌じゃないかと問われたら、嫌じゃないです。でも・・・」
「うん、でも?」
「なんか、ムード無さ過ぎ。」
「はははっ・・・そっか、わりぃわりぃ。」
事情がどうであれ、これからエッチする宣言って何よ?
「じゃ、それは後でゆっくりな。で?他には何かしたい事って有るか?」
そんな事を聞かれても、そんな衝撃的なことを突然平気な顔で
宣言とかするものだから、俺は急に緊張してきて
正直それどころじゃなくなってた。
だって、俺の事を認識してる智と繋がっておくことは
俺としても大切な思い出になるんだもの。
例えその行為自体をこの人が忘れてしまったとしても
俺の身体はちゃんと記憶しておけるんだから。
「そうだ。おいらメンバーにも挨拶しときたい。
色々と迷惑掛けてしまったから、謝りたいし。」
「そうだね・・・メンバーとは15年の付き合いだもんね。
ちゃんと挨拶くらいはしとかないとね。」
「うん・・・あのさ・・・」
「はい?」
「おいら、何年掛かるか分かんないけど、必ずまた
CRASHに戻れるようにしたいんだ。」
「えっ?」
「だから、ニノにお願いが有るんだ。」
「お願い?」
「うん、おいらの記憶がリセットされたら、
ニノがおいらにまた曲を書いてくれる?」
「えっ?もう、バンドの事は忘れても良いんだよ?
あなたには大好きな絵があるでしょ?」
「もう絵は無理だよ・・・絵はなんていうか、感覚で描いてたから。
感覚を覚えてられないのに、もうきっとこれまでみたいに
描くことは出来ないよ。」
そうか・・・
考えもしなかったけど、記憶が消えるってそういうことなんだよね。
智から一つ残らず才能を奪ってしまうんだ。
「頑張ってボイトレすれば、歌は意外と歌えるんじゃないかって
思うんだよね。無理かな?」
「無理なんかじゃないと思う。記憶が無くなる事で
声が出なくなるわけじゃないんだもの。
頑張ればきっと復帰出来ますよ。」
「うん」
元々バンド活動のプレッシャーとストレスが原因で
こんな病気を発症してしまったというのに、
そこしか戻る場所が無いなんて・・・なんとも皮肉な話だよな。
そして智は描き掛けの俺の絵を見ながら
少し苦笑いして呟いた。
「これもひと月で仕上げなきゃな・・・」
智の苦悩は痛い程伝わって来た。
俺がその半分でも背負ってあげる事が出来るなら
どんなにかいいだろう。
悔しいけど結局俺なんて、
静かに傍で見守ってあげる事くらいしか出来ないんだ。
つづく