Destiny
もう一つの未来 38
ベッドに横になり、ボーッと天井を見つめる智に
俺はゆっくりと近付いた。
俺の気配に気付いた智は、黒い大きな瞳を俺の方に向けた。
そして俺の顔を見て、少しその目を細める智。
「えっ・・・誰・・・?」
分かってはいるんだ。
そんなことは全部分かってはいるんだけど、出来る事なら
俺はこの現実を認めたくなかったんだと思う。
全部夢だったら良いと、心の何処かで思ってた。
智の中に、もう俺は何処にもいないんだって
改めて思い知らされ、あんなに直前まで耐えていたのに
その智のひと言でまるで何かの糸が切れたように
彼の目の前でポロポロと涙を零してた。
「何で?どうして皆、俺を見て泣いてるの・・・?」
「ん?あ、ごめん・・・」
俺は慌てて手のひらで涙を拭った。
「それで?気分はどう?」
「え・・・なんともないけど。」
「そう。それじゃ、先生に帰れるかどうか聞いて来ますね。」
「あっ、待って。」
「えっ?」
「君、誰なの?」
「あなたの恋人です。」
「恋・・・人・・・?」
「それは戻ってからゆっくり説明しますから。
ちょっと待ってて。直ぐに聞いて来るから。」
それから田所先生の許可が下りて、
俺は智の家族と藍さんにもう一度挨拶をして
智を連れて再び自宅へと戻って行った。
マンションに着くと、智は初めて不安そうな顔を見せた。
「ここは?」
「俺達が一緒に住んでたマンションだよ。お帰り、智。」
「た、ただいま・・・」
智は戸惑いながらうちの中に入った。
リビングの扉を開けると、そこには今朝一緒に飾った
俺の肖像画が誰の目にも一番に飛び込んで来る。
智はその絵に近付いて、じっとそれを暫く見てた。
「それ、あなたが描いたんだよ。」
「う、嘘?」
「本当だよ。今お茶淹れるから、そこ座ってて。」
「あ、うん。」
俺はキッチンでコーヒーを淹れて、部屋を落ち着かない様子で
キョロキョロと見回してる智の目の前に置いた。
「あなたは何も心配しなくていいんだよ。
これからは分からない事は全部俺に聞いて。」
「君の名前、まだ聞いてない。」
「和也・・・」
「なんて呼んだらいい?」
「和也でも、和でも、ニノでも、あなたが好きなように呼んでいいよ。」
「じゃあ、かずなり・・・」
「えっ///」
智から名前呼びされるってあまりなかったから
一瞬ドキッとしてしまった。
「さっき、病院で説明を受けたんだけど、
俺って重い病気だったから、その治療の為に
記憶を全部消さなきゃならなかったみたいだね。」
「うん・・・」
「和也は、俺の恋人だったんだ。」
「そうだよ。」
「俺の事、全部知ってるんだ?」
「知ってますよ。」
「俺は・・・何も覚えてない。ごめん・・・」
「はい、これ。」
俺は智から預かってた覚え書き帖を早速手渡した。
「ん?これは?」
「あなたが今朝出掛ける前に俺に託した覚え書き帖ですよ。」
「覚え書き帖・・・?」
「何が書いてあるかは俺も見てないから分からないけど
大事な事が書いてあるから、絶対読めって・・・
そう言ってたの。」
智は、それを開いて中を確認し始めた。
「な、なんか・・・」
「えっ?どうかしたの?」
「んふふふっ・・・」
「智・・・?」
「俺って、面白いヤツだったみたいだな。」
「えええっ?」
「これは有難いわ。和也に色々聞かなくても
それこそ、和也の事を沢山書いてあるよ。」
「マジで?」
「うん。」
「あのさ、ちょっとだけ見せて貰ってもいい?」
「え?あ、いや・・・これは見てないなら
このまんま知らない方がいいかも。」
「何で?すげえ気になるんだけど・・・」
「じゃあ、一つだけ今から読むよ。
えっとね、ニノが好きな物・・・
ゲーム、ギター、ハンバーグ、
中でも一番好きな物・・・おいら(笑)」
「はぁ?///」
「・・・ニノは賢いけど直ぐに我慢する寂しがり屋さん。
一日1回はハグしてやること・・・」
「は、はぁ?///」
「ニノは・・・」
「も、もう大丈夫です///言わなくて・・・」
恥ずかしくて聞いてらんない。
「んふふふふ・・・俺って、凄く和也の事が
好きだったんだね。ここに殆ど君の事書いてあるし、
これ、君の事を悲しませないようにしようと
記憶が有る俺が必死に今の俺に訴えてるのが
分かるよ。」
「そ、そうなんだ。あなた、そんなこと書いてたんだね。」
記憶がリセットされる前の智の覚え書きのお陰で
智は俺の事を全面的に信頼してくれたみたいで
俺達は何だか自然に笑顔で話すことが出来た。
勿論、何もかもゼロからのスタートなんだけど
記憶がなくたって、こうして一緒に笑っていられるだけで
俺は幸せを感じる事が出来る。
智の再生は、俺が思ってた以上に簡単なことなのかもしれない。
つづく