Destiny
もう一つの未来 42
side satoshi
「大野さん、今日は定期健診の日じゃ無いですが
どうかなさいましたか?」
「先生、それがなんか近頃ぜんぜん寝付けなくて。」
「不眠症・・・ですか?それじゃあ、念の為にCTと脳波診ましょうか。」
それは和也が戻らなくなってから1週間後の事だった。
俺はあれから不眠に悩まされ、睡眠薬を処方してもらう為に
田所先生の診療を受けに来てた。
「とりあえず、脳波に関してもCT画像でも
特に異常はみられませんでしたよ。
大野さんの病気は記憶をリセットすることで、
ほぼ認知症の症状は完治したと思われるんで
これに関しては後遺症とかも考えられないですし
原因として考えられるとしたら、単なるストレスだと思いますが。」
「ストレス・・・」
「最近、何か環境の変化とか有りました?」
「環境の変化・・・ですか。
有ったと言えば有りますけど・・・
とりあえず、薬って貰う事は出来ます?」
「それがですねぇ・・・」
田所先生はちょっと困った表情でカルテに目を落としながら
話をこう続けた。
「大野さんの場合は、元々認知症患者ということで治療を施してます。
完治していてもおよそ1年程度はお薬をご本人に直接お渡しが
出来ない事になってるんですよ。
これは、今はまだ経過を見てる段階なんで、
1年後に異常が見られない場合には完治したとみなされて
一般の患者さんの様にお薬も普通に処方出来るんです。
勿論市販品を服用される時も、必ず医師にご相談頂くという
形になるんで、とても面倒な話ではあるんですが、
それもあと4か月余りの辛抱ですしね。
特に睡眠薬の様な薬は服用を間違えると、折角記憶リセットの
治療効果が表れてるのに、それも台無になり兼ねないんですよ。
今日は二宮さんはご一緒じゃないですか?
彼がご一緒でしたら直ぐにでもお渡し出来るんですが・・・」
「あ、和はもう一緒に住んでないから・・・」
「えっ?そ、そうなんですか?
ああ、もしかしてお仕事がお忙しいとかですか。」
「いえ、もう別々に暮らしてるんです。」
「そうでしたか・・・
いやぁ、それは驚きましたね。二宮さんが1年間は責任もって
面倒をみられると聞いてましたので・・・」
結局その日は薬は貰えずに帰宅した。
それにしても・・・和はどうして突然あんな事を言い出したのか。
電話の声は完全に冷めてた感じに受け取れて、
あれから着信も拒否されてるから、和也の気持ちを知りたくても
知る事も出来ない。
田所先生の話だと、不眠症はストレスだと言ってた。
和が一緒に居てくれるのが当たり前になってたから
突然こんなことになって、自分でも気付かないうちに
和が居ない事がこれほどまでにストレスになってたとは。
そしてその翌日、俺の所に藍がなんか物凄い形相でやって来た。
「おおちゃん、お久し振り。」
「あ、藍さん?」
「もぉ、その藍さんってなんか調子狂うよ。
”藍”でいいから!」
「う、うん・・・」
「っていうかさ、ニノちゃん本当に出てったの?」
「えっ?どうして知ってるの?」
「昨日、田所先生の所に診察受けに行ったんでしょ?
全部先生から聞いたのよ。」
「あ、なるほどね・・・」
「おおちゃん?」
「は、はい?」
「あたしはね、おおちゃんに真剣に惚れてたんだよ。」
「え・・・」
「あたしはね、ニノちゃんにはどう間違っても
敵わないって思ったから身を引いたの。
それなのに、何でこんな事になってるのよ?!
ちゃんと説明してくんなきゃ納得出来ないわよ。」
「な、何でって言われても・・・」
それは俺の方が聞きたいくらい。
「喧嘩したの?」
「ううん・・・」
「浮気?」
「ええっ?」
「おおちゃん、ニノちゃんとあれからちゃんとやることやってたの?」
「え?やることって?」
「恋人同士が同じ屋根の下に住んでて、やることといったら
もうアレしかないでしょう!ホント、相変わらず鈍い人だね。」
「あ、アレ?」
「エッチに決まってんじゃん。え?まさかしてないの?」
「し、しないよ・・・」
「えええっ?それじゃハグは?チューは?」
「し、してない・・・」
「はっ?バッカじゃないの?何でしないのよ!
寝室は?一緒に寝てなかったの?」
「えっ、う、うん・・・」
「何でよ?」
「え・・・だって・・・恋人だったとか言われても
何も覚えてないのに、そんなの無理に決まってるじゃん。」
「おおちゃん、おおちゃんは勿論記憶が無いんだから
知らないのは無理ないとは思うけど、
おおちゃんが病気になって、記憶失う事になって、
一番辛い想いしたの誰だか分かる?ニノちゃんなのよ。
それでもおおちゃんと約束してるからって、おばさん達の反対を
押し切って自分が記憶を一つ一つ上書きしてやるんだって
それは何でだと思う?
おおちゃんの事、誰よりも愛してるからなんだよ。」
「俺も、それは凄く感謝してるんだ。」
「それじゃどうしてニノちゃんが出て行ったりするのよ?
喧嘩も何もしないのに出て行く理由は無いわよね?」
「あ・・・」
「何よ?心当たりでもあるの?」
「和が出てったその日、絵画教室の友達が遊びに来てくれて
挨拶した直後に突然出てってそのままなんだ。」
「何よ?その絵画教室の友達って・・・」
「最近絵を習い始めたんだ。そこで仲良くなった人だよ。」
「え?ちょっと、それってまさか女じゃないよね?」
「女の子だけど・・・」
「はあ?」
「え?なに?女の子がマズいの?」
「当たり前じゃないの!そっか、それで謎が解けたわ。
ねえ?その女の子の事、まさか惚れてるんじゃないよね?」
「ま、まさかぁ。」
「それじゃどうしておおちゃんはどうしてニノちゃんと寝ないのよ。」
「そ、それは・・・幾らなんでも恥ずかしいじゃん。」
「はあ?もう、話になんないわね。
おおちゃんが恥ずかしくても、ニノちゃんは待ってたでしょうに。
そのうえ、女の子連れてくればアウトに決まってんでしょ!」
「ど、どうして?」
「記憶が無くなっても人格は同じなのね・・・
相変わらず鈍いし、デリカシーのない所は昔のまんまじゃん。
もう、呆れて笑いしか出ない。
ほら、そうと分かればさっさと支度して!」
「え?行くって何処に?」
「ニノちゃんをお迎えに決まってるでしょ!
ほんっと、世話がやけるんだから。」
俺は言われるままに藍と和を迎えに行く事になった。
つづく