Destiny
もう一つの未来 46
翌日、俺達はあの海に出掛けた。
車の助手席に座った智は何だかご機嫌で、
CRASHのCDを流しながらそれに合わせてノリノリで歌ってた。
「えっ?凄いね・・・もう歌詞カード見ないで歌えるの?」
「全部覚えたよ。完璧でしょ?」
「う、うん・・・」
智にはまだ伝えてなかったけど、CRASHはもう解散に向けて
動き出してる。
ボイトレと曲を覚える為に半年以上を費やして来たわけだから
それは完璧にもなるだろう。
だけど、もう解散ライブの準備はとっくに始まってて
今更復帰という事は流石に皆には言い出せない。
だけどこんなに復帰に向けて頑張ろうとしてるのに
俺はどのタイミングで彼にこの事を伝えたらいいものか
ちょっと戸惑っていた。
「あっ、ここだよ。このコンビニの駐車場から
歩いて直ぐのところ。」
「へえ・・・ここかぁ。」
智は車から降りると、吸い寄せられるように
浜辺の方に歩き始めた。
俺も急いで智の横に並んで歩いた。
「良かったですね。お天気崩れなくて。」
「うん。」
「確かこの辺に流木が有ったんだけど・・・」
「ここか?」
「そう・・・ここに腰を下ろして二人で海を眺めたの。
流木、なくなっちゃってるね・・・」
「いいじゃん、直接座ろうよ。」
俺達は砂浜に直接腰を下ろして、まるであの日みたいに
暫く黙って海の向こうを見つめた。
季節はとっくに冬になってたから、海の色も若干あの時よりも
冷たそうな碧に深みを増して見えた。
「寒くない?」
智がそう言って俺の手を握り締めた。
「ん・・・平気。」
「平気じゃないだろ?めっちゃ氷みたいな手してんじゃん。」
そう言う智の手は温かい。
「あの時はね、4月だったからここまで寒くなかったの。
フフフッ・・・最近の事なんだけど何か妙に懐かしいよ。
あの日はね、田所先生に記憶リセットの治療の説明を受けて
あなたはまだどうしようか決めれれなくて凄く悩んでたの。」
「そうなんだ・・・」
「うん。でもあなたはここで俺とこうして海を見てて
最後は決心したんだよ。おいらは治療を受けるって・・・
俺達の思い出は全部俺から智に話して聞かせてって。
急に前向きになるから、ビックリしちゃった。」
あの時のキスを俺は今でも覚えてる。
涙なのか潮のせいなのか、どっちか分かんないくらい
しょっぱい味のキスだったから・・・
思い出したらまたあの時の感情が蘇ってしまい
ポロポロと涙が溢れてしまう。
俺は慌ててそれを手で拭った。
「ご、ゴメン・・・泣くつもりじゃなかったのに・・・」
「ニノがおいらの事を再生して。」
「えっ?」
ニノ?おいら・・・?
ビックリして隣の智の顔を覗き込んだら
フニャッと照れ臭そうに目尻を下げて
「んふふっ。そう言ったんだよね?俺・・・」
「えっ、あ・・・う、うん・・・」
ビックリした。智が、あの時のあの人が戻って来たかと思った。
そんなわけないのに、一瞬でもそう思ってしまった。
「ここに来れば何か記憶が一つでも蘇るんじゃないかって
ちょっとだけ期待してたんだけどさ、
やっぱそうは簡単にいかないもんだな。」
「いいんだよ。記憶なんて。あの日あなたはこの海に
記憶の全てを放流したのと同じなんだから・・・」
「そっか、それじゃ今頃どっかの島にでも漂着してるかもな。
インドネシア辺り今度行ってみるか?」
「フフッ、それもいいかもね・・・」
「俺達、めっちゃラブラブだったんだな。」
「ええっ?そ、そりゃあ想いは通じてましたから///」
「そっか。それじゃ俺も負けてらんないな。」
「えっ?」
「ううん、何でもない。寒ぃな。そろそろ帰るか?」
智は俺の手を引っ張って立ち上がると
あの時みたいに、ギューッと俺の事を抱き締めて
優しくキスをした。
だけど、そのキスは全然切なさもしょっぱさも無い
甘くて熱いキスだった。
コンビニの駐車場へ戻り、俺はホットコーヒーを買って
車に乗り込むと、智がボソリと呟くように言った。
「俺、そろそろバンドに戻るよ。」
「えっ?」
「皆を待たせてるんでしょ?」
「う、うん・・・そりゃまあそうだけど。」
「何時までも和にばかり働かせるわけにはいかないもの。
いい加減戻らないと、ファンの人にも忘れられちゃうもんな。」
参ったな・・・
解散の話が進んでる事、後で話そうと思ってたのに
まさか自分から復帰の話を持ち掛けて来るなんて・・・
つづく