Destiny
もう一つの未来 48
そしてその翌日、俺と智は解散ライブの話の撤回をお願いするべく
二人で事務所に交渉しに行った。
とにかく会場を苦労して抑えたりしてくれてたものだから
俺の早とちりと勝手な思い込みでこうなったと説明したら
無限に小言を聞かされてしまったけど
何とか解散は回避することが出来た。
ただ、智の病気は元々過度なストレスとも言われてたから
まだ暫くは休止のまま様子を見て復帰については
医師の了解を得てから考えるって結論に至った。
智は直ぐにでも再始動する気だったから
相当ショックだってみたいでテンションが下がってた。
俺達はその後直ぐに田所先生の病院を訪ねた。
「・・・ってわけで、仕事を復帰したいんですけど
俺、もう仕事しても大丈夫ですよね?」
「うーん、私はもう少し様子をみられたほうが良いと思います。
確かに経過をみる限りは大野さんは順調に回復されてます。
ただ、本人が気付かないうちにストレスが蓄積して
病気を引き起こしたのは事実なんで、出来れば
あと1,2年は環境を変えてゆっくり生活されても
良いのではないかと思いますよ。」
「え?で、でも・・・もう俺は全然へいきだけど。
もうじゅうぶん仕事出来る状態だと思うけど。」
「智、先生がおっしゃってるんだから、
ここは言う通りにしなきゃ駄目だよ。」
「和・・・」
「大野さんが直ぐにお仕事を再開したい気持ちはわかりますが
あなたがこれ以上体調を崩したり、以前のような病気を
発症すれば、二宮さんにもまた辛い想いをさせてしまうんですよ。」
「そっか・・・そうだよね・・・」
「分かって頂けましたか?」
「うん。和にこれ以上辛い想いはさせられない。」
智はいわゆるドクターストップを食らった形だった。
復帰の目途が立たなくなって、すっかりテンションが下がってしまった智を
俺は見るに見かねてある提案を持ち掛けた。
「そうだ、智?また本格的に絵を始めてみたら?」
「絵を?」
「そうだよ。歌も暫く復帰出来ないのなら、
あなたが好きだった絵をまた描いたらどうかな。
あなたは記憶が無くなれば感性も失われるから
もう絵は諦めるって言ってたんだけど、
俺はそうは思わないんだよね・・・
何故なら、歌だってなんだかんだ言っても
感性は関係あると思うけど、ボイトレ続けてたら
あなた完璧に歌えるようになったもの。
それって細胞レベルで身体が覚えてるってことなんじゃないかな。
だから、きっと真面目に取り組めばまた描けるようになると
俺は思うんだけど・・・」
「絵かぁ・・・確かにまた描けるようにはなりたいって
前々から思ってた・・・」
「でしょ?丁度いいよ。時間も沢山出来たことだし
本格的に描きたいものを描いてみれば?」
「ありがとう。和は本当に優しいよね。」
「そりゃそうだよ。好きな人が目の前でそんなに浮かない顔
してんだから、俺だって見ていて辛いもの。」
「ゴメン・・・」
「謝らなくていいですよ。
俺に出来る事が有ったら何でも言って。」
「うん・・・」
こうして智は俺の提案を素直に受け入れて
翌日から再び筆を持ってキャンバスに向かった。
そして、俺は個人の仕事を続けながら
自分としては十分過ぎるくらい幸せな生活を送ってた。
だけど、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。
仕事の付き合いで俺の帰りが遅くなる事が度重なる事が増えて
次第に智は俺に対する不満が募っていった。
「ただいまぁ。遅くなってゴメンね・・・」
「また飲んでるのか?」
「えっ?う、うん・・・今日は仕事の打ち上げだったから。」
「この前もそんなこと言ってた。」
「あ、あれはプロデューサーから誘われたってやつでしょ?」
「そんなの断れよ。」
「えっ?」
「本当は俺と居るのが嫌になったんだろ?」
「ええっ?智?何でそんな事言うの?」
「誤魔化さなくてもいいよ。もう、俺なんかと一緒に居るより
そいつらと居た方が楽しくて仕方ないんだろ?」
「ひ、酷いよ。何でそんなこと言うの?」
「和を見てたら分かるんだ。和は記憶がなくなった俺を
哀れに思って一緒にいてくれたけど、本当は段々
重荷に感じる様になった。そうじゃないの?」
「待って!勝手な事言わないでよ!誰が重荷だとか言った?」
「俺は決めたから。俺はここを出てく。」
「はっ?出てくって何で?」
「ここに居ても和の重荷にしかならないから。
絵の勉強もしたかったから丁度いいよ。
これからは誰にも遠慮せずに付き合いでも仕事でも
何でも好きな事すればいい。」
「ちょっと?何を勝手な事言ってんの?」
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
仕事は確かに前よりもハードになってきてた。
ギターの本業が出来ない分、バラエティとかコメンテーターの
仕事が増えてきてたから、智とはすれ違いも多くなってはいた。
だけど、だからってどうしてこんな事を言われなきゃならないのか
全く俺には理解できなかった。
数日後、仕事から帰ると
智は置手紙を1枚だけ残して本当に俺の前から
居なくなってしまった。
つづく