恋愛小説
黄色い泪①
俺は嵐が丘高校に入学した1年生。うちの学校は男子校で、スポーツや芸術に力を入れてる学校だ。
小学校の頃から野球が大好きで夢はプロ野球選手になることで、中学の頃に県大会でうちの学校が準優勝を果たした。
その時のキャッチャーがこの俺だったんだけど、身体が小さいわりに足も速くて盗塁もバンバン決めて打率も申し分なかったことから今の高校にスカウト入学が決まった。
高校の部活に入って直ぐに、上級生を差置いてレギュラーポジションも獲得した。
当然だけど、俺は先輩達から良く思われてなくて、早速入部して早々に目を付けられてしまった。
部活を終えて練習着から制服に着替えて帰宅しようと部室を出た直後のことだった。
「二宮、何だ?その頭。野球部舐めてんのか?明日坊主にしてこいよ。」
「でも、先輩達も同級の奴らも誰も坊主になんかしてないですよね?」
「なんだと?おまえ、1年のくせに舐めた口きいてんじゃねえぞ。」
3年の先輩が物凄い形相で俺の胸ぐらを掴んで殴りかかって来たから、俺はよろけて思いっきり目を閉じて構えた。
「おい・・・やめろよ。」
ぼそりと呟くような声が聞こえてゆっくり目を開けると、そこには身体もそこまで大きくない学生服姿の知らないヤツが先輩の手首を掴んで俺を助けようとしてくれてた。
「お、大野・・・離せよ!」
「むやみに暴力なんかふるって、夏の甲子園出場停止とかになっても知んねえぞ。」
「こいつが生意気だから!」
「いいから、とっとと離してやれって。」
「わ、分かったよ。おい!二宮、ここは大野に免じて許してやる。だけど、今度そんな舐めた口きいたらただじゃ済まねえぞ!」
先輩は掴んだ手をゆっくりと離したてその場を逃げる様に立ち去った。
先輩が大野と呼び捨てにするくらいだから、この人は3年か・・・
「大丈夫?」
よろけた時に落としたカバンを拾い上げて、パンパンッと汚れを叩いてくれて俺に手渡してくれた。
「あ、あの、ありがとうございました!」
「うん・・・じゃあな。」
照れくさそうに俺と視線を合わせずに笑って立ち去る後ろ姿に、俺は何故だか胸がキュンとなった。
それから1学期の半ばに夏の甲子園の予選が始まるにあたり、レギュラーポジションの選抜メンバーが発表された。
3年と2年がズラリと並ぶ中に俺もショートで1番というポジションが発表された。
当然先輩たちは納得いかなかっただろうけど、あくまでも監督の意向だから誰もそこに文句は言えないでいた。
ところが、慣れないポジションの練習というのもあったんだと思うけど、俺は練習中に転倒して右の足首を骨折するというハプニングを起こしてしまう。
「二宮、残念だったなぁ。まあ、おまえはまだ1年だから来年もあるし、ガッカリすることはないよな。」
俺には先輩達が心の中でガッツポーズしてるのが手に取るように分かった。
ガチガチに固められたギブスに松葉杖・・・こんなんじゃ球拾いも出来ない。
俺はそれから部活に休部届を提出して、暫く野球部に顔を出すこともしなくなった。
怪我を負ってからというもの、放課後がめっちゃ暇になった俺は教室の窓から、校庭をボーっと眺めて時間を潰す事が多くなった。
「二宮、まだ帰んないの?」
「えっ・・・あ、うん。何か帰ってもやることないから。」
「良かったら、うちの部活覗いてかない?」
「え?」
俺に声を掛けたのはクラスメイトの松本くんだ。彼は演劇部に所属してて将来は俳優になりたいらしい。
「どうせ暇なんでしょ?丁度今日は演劇コンクールの舞台の台本が出来たから、通しで練習するんだ。絶対面白いから来てみなよ。」
「いいの?外部の人間が見ても・・・」
「外部?同じ学校の生徒だから問題ないでしょ。」
「それじゃ、ちょっとだけお邪魔しようかなぁ。」
俺は松本くんに連れられて演劇部を見学させて貰う事になった。
演劇には何の興味もなかったけど、きっと俺がレギュラーを外されて落ち込んでるところを励ましてやろうって思って誘ってくれたんだろうから、その好意を粗雑に扱うわけにもいかない。
とりあえず、一通り見学したら、キリが良いところでとっとと帰ろうと思ってた。
「先輩、僕と同じクラスの二宮くんです。今日見学したいって言うんで連れてきました。」
「おお、全然構わないけど。あれ?君は確か野球部の?」
「あ・・・はい。でも見ての通りでして。暫く野球とか無理なんで・・・」
「うわわっ、そりゃ丁度良かったよ。」
「はっ?」
「今日さぁ、主役のお相手役が休んでてさぁ。これ棒読みでも全然構わないから代わりに君が読んでくれない?」
「ええっ?で、でも俺・・・演劇なんて・・・」
「だから棒読みでも何でも構わないんだって。頼むよ。他のヤツも皆配役が決まっててさ・・・そこの椅子に座ったんまんまで大丈夫だから。」
「ま、マジで?」
俺は訳が分からず、とりあえずその3年から1冊の台本を受け取った。
「主役がまだ来ないから、暫く台本に目を通しておいてよ。あ、君は真治って役名だから。」
まさかの展開だった。ただ見学して途中で帰る筈だった俺が代役に抜擢されるなんて・・・
まあ、どうせ暇だし、棒読みでいいんだし・・・あまり深く考えないことにした。
「ねぇ、それさぁ、感情込めて読んでくれたら、帰りにラーメン奢ったげるよ。」
「ええっ?む、無理だって・・・」
「一瞬だけでもいいから、感情込めて読んでみてよ。」
そう言ってニヤリと笑う松本くんを見て、この時はまだ俺も何も彼の事を疑ったりしてなかったから、ラーメン奢ってくれるんならやってみようかなって程度のノリでブツブツと一人台詞の稽古を始めた。
つづく