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黄色い泪②
手渡された台本にざっと目を通していると、部室に見覚えのある人物が現れた。
「あっ、大野、遅かったな。待ってたんだぞ。」
「俺が居なくても始めてくれて良かったのに・・・進路指導で職員室呼ばれてたんだよ。」
「主役のおまえが来ないと始まんないだろ。いいからさっさと始めようぜ。」
大野って、あの時俺を助けてくれた人だ。え?演劇部だったの?しかも主役?
「あれ?翔ちゃんは?」
「今日休みなんだってさ。あっ、でも代わりが居るから心配しなくていいよ。」
「そうなんだ?」
大野さんが振り返って俺の事を見た。
「え・・・代わりって君?」
「あっ、あの・・・僕の事覚えてます?」
「ん?誰だっけ?」
ショック・・・俺の事、全然覚えてないんだ。
「あ、野球部1年の二宮です。」
「野球部がどうしてここに?っていうか、その様子じゃ野球なんて出来ねえなぁ。どうした?事故にでも遭った?」
「こ、転んじゃって・・・」
「とにかくさぁ、座ったまんまでも櫻井の代役は頼めるだろ?台詞んとこだけお願いしてあるから・・・」
「ふうん・・・」
「あの、宜しくお願いします。」
「あ、うん・・・こっちこそ。」
「それじゃあ、早速始めるぞー」
こうして演劇部の通し稽古が始まった・・・
ビックリしたのは、大野さんが演劇部で主役を張ってるってこともだけど、一見おっとりしてて物静かなイメージなのに芝居に入ると途端に人格が変わったように生き生きとするっていうか、キラキラ眩しく輝きを放つ。
俺は完全に彼に見惚れてしまい、自分の台詞のところが来てもボーっと大野さんだけを見てしまってまったく台詞が出てこない。
「二宮?二宮くん?」
「えっ・・・はい?あっ・・・俺か・・・え、えっと・・・」
「んふふっ。慌てなくていいよ。次台本の5ページの頭からだよ。」
「あっ、すみません・・・」
大野さんに自分が見惚れちゃって台本見てなかったことがバレバレなのが恥ずかしくて、俺は焦りに焦って顔がカアッと熱くなった。
慣れない台本読みの代行を必死で俺は勤め上げる。最初は本当に棒読みしか出来なくて戸惑ってたけど、大野さんのリードで少しだけ感情を込めて台詞が言えるようになった。
およそ1時間の通し稽古を終えて、緊張からどっと疲れてはいたけど、何でかもの凄く楽しかった。
「君さ、なかなか上手だよね?野球辞めてうちに来ない?」
「えっ///」
大野さんがめっちゃ至近距離で俺にそう言ったから、俺の心臓がドキッと跳ねた。
「どうせ、そんなんじゃ暫く野球は無理だろ?また遊びに来なよ。」
「え?本当に?いいんですか?」
「んふふっ、うちは大歓迎だけど。」
「それじゃ、是非またお邪魔させて貰います。」
「うん。」
この後、ミーティングが有るということで、部外者の俺は先に帰るように言われ、部室を出ようとしたら松本くんが俺の事を追い掛けてきた。
「二宮くん、少し待ってて!ラーメン奢るから。」
「あ、いいよ。今日は誘ってくれてありがとう。」
「急がないんなら教室で待っててよ。ミーテングだったら直ぐに終わるから。」
「う、うん・・・」
せっかくなんでお腹も空いてるし、ラーメン奢って貰えるなら待っていようと俺は教室に戻って松本くんが来るのを待った。
それにしても、演劇部の稽古は楽しかったな。稽古がどうこうってより、あの大野さんって人と話せたことが嬉しかったんだと思う。
俺ったら、何でときめいちゃってるの?相手は男だっていうのに・・・
俺は野球とかスポーツしてるわりには虚弱体質。多分、自分には無い強さと包容力みたいなのに憧れが有るから、そういう人に出くわすと俄然弱いんだ。
俺の事は覚えてくれてはいなかったけど、また遊びに来いって言われてめちゃくちゃ舞い上がってしまった。
なんていうか・・・あの人どことなくミステリアスで、もっと色々と知りたくなるっていうか・・・
松本くんに、あの人のこと聞いたら教えてくれるかな?もう、自分でも信じられないほど頭の中は大野さんの事で一杯になってる。
「ゴメンね。お待たせしちゃって。」
「あ、松本くん。ううん・・・ゲームしてたから全然平気よ。」
「それじゃ、行っとく?ラーメン・・・」
「あ、うん。ちょうどいい感じにお腹空いちゃった。」
俺はその後松本くんと二人で学校の傍のラーメン屋さんへと向かった。
つづく