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黄色い泪⑤
そして、ようやくギブスが取れる日がやってきて、俺はその日病院を訪れていた。
「二宮さーん、どうぞ。」
「あ、はい・・・」
ギブスを取ってレントゲン写真とCTを撮ってその様子を主治医がPCを観ながら説明した。
「二宮くん、もう普通に歩くことは問題ないと思います。」
「リハビリはどのくらい掛かりますか?」
「まあ、多少筋肉が衰えてますからね。暫くは歩行も違和感を覚えるかも知れませんが、次第にそれも元に戻りますよ。」
「良かった。それで、先生?俺、いつ頃から野球戻れます?」
「あ、野球は・・・ちょっと無理かな・・・」
「えっ?」
「君、野球部でしたよね?」
「は、はい。」
「いや、普通に草野球程度ならね・・・問題ないと思うけど、頑張って全力で走っても、多分怪我する前のようには走れないかと・・・」
「な、何で?」
「君の怪我は複雑骨折に加えて筋も痛めてるからね・・・可哀想だけど、無理して復帰してもまた痛めてしまう可能性の方が高い。」
「そ、そんな・・・リハビリしても駄目だってことですか?」
「まあ、私生活に影響は出ない程度には回復はしますよ。ただ、スポーツはねぇ・・・」
「そっか・・・」
「えっ?」
「それじゃ先生、今直ぐ診断書書いて下さいよ!」
「そ、それは構わないけど・・・」
「野球部に退部の申し出しないといけないから。」
「あ、ああ・・・そうか。分かりました。いいですよ。」
意外とサラリと俺がそんなことを言うもんだから、ちょっと先生はビックリしていた。
そりゃあ、甲子園目指して、プロ野球まで目指してたんだから、そっか・・・のひと言であっさり諦めるなんて驚きでしかないんだろうな。
だけど、俺は落ち込んでる暇なんかない。
それならそれで好都合だと思った。このまま野球部を辞めれば演劇部に移籍できるんだもの。善は急げって言うしね。
俺は先生から診断書を受け取ると、そのまま急いで学校へ向かった。
午後から休んで病院へ来てたから、学校は授業が丁度終わって部活が始まろうとしてる時間帯だった。俺は直接顧問の先生に診断書を渡しに職員室へ行った。
「失礼します。」
「おっ、二宮?ギブス取れたのか?」
「はい・・・でも医者から野球の復帰は無理だって言われました。」
「本当か?」
「あ、これは診断書です。それから今日付けで野球部は辞めるんで。色々ご迷惑をお掛けしました。」
「そうか・・・残念だな。お前なら甲子園まで目指せたのにな。」
「仕方ないです。こればっかりは、転倒しちゃった俺も悪いんだから。」
「まぁ、気を落とさずに頑張れよ。」
「はい。有難うございます。それじゃ、僕はこれで・・・」
なんだかあっさりしたもんだ。使い物にならないと分かれば俺なんかに用は無いんだから、考えても仕方ないけどね。
そして俺はそのまんま演劇部の部室に向かった。稽古してる真っ最中かな?
静かに邪魔しないように扉を開くと、何やら中で揉めてる様子だった。
「大野、もういい加減にしてくれよ?櫻井の代わりいい加減決めないとヤバいんだってば。」
「だからって、適当に代役当てがわれてもさ・・・」
「もう3人目だぞ?オーディションすんの。一体何が気に入らないんだよ?」
どうやら櫻井さんの代役決めで揉めてるらしい。
「あっ、ニノ?ギブス取れたんだ?」
「潤くん・・・何かあったの?」
「櫻井先輩の代役がまだ決まらないものだから3年が荒れてるんだよ。」
潤くんが俺に小声で説明してくれた。
「俺、野球部辞めてきた。」
「えっ?それ本当なの?」
「うん。医者からダメ出し食らったんだ。全速力で走ったり踏ん張ったりは無理だって。」
「そうか・・・」
「だから、俺演劇部に入部するよ。」
「マジで?それじゃ、部長に早速言って来なよ。」
「ええっ?このタイミングで?」
「今がチャンスだよ。いいから、早く!」
「う、うん・・・」
俺は潤くんから背中を押されて部長の傍に近付いた。
「ん?何?どうした?」
「あ、あのー俺、演劇部に入部させて貰いたいんですけど・・・」
「ええっ?でも君、野球部だったよね?」
「あ、もう野球は怪我で引退したんで・・・」
「そうなの?」
「あ・・・だったら、翔ちゃんの代役はこの子がいいな。」
「えっ・・・」
「お、大野?無茶だよ。二宮は素人だよ。」
「でも、こないだの通し稽古、凄く上手だったじゃん。彼にしようよ。」
「た、確かに通し稽古はなかなか良かったな・・・」
「じゃ、決まりね。宜しくね・・・」
「は、はいっ。俺、一生懸命、頑張ります!」
やった!何でか分かんないけど一発合格だ。俺は嬉しくて潤くんを振り返ったら、潤くんは親指立てて喜んでくれた。
つづく