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黄色い泪⑥
演劇コンクールは2学期の初めだから、もう本番まで2か月を切っていた。
演劇部は野球部とは違って主演を演じる人間の意見が絶対的に尊重されるから、そこで決まった事に対して誰も口答え出来ない。
俺はそもそも野球とゲームくらいしか興味のない人間だから、お芝居には正直見向きもしなかったんだけど、大野さんと少しでも長く一緒に居れるのなら話は別だ。
どうして大野さんが即決で俺を代役として選んでくれたかは謎だけど、まぁそんなのは俺にはどうでもいいことだ。
このチャンスを絶対に生かさない手はないわけで、残された僅かな時間をいかにして有効活用するかってことが俺にとっては大事。
演劇部っていうのは、運動するわけじゃないけどストレッチから始まり、ボイストレーニングとか早口言葉、とにかく稽古に入る前からやることが沢山ある。
普通なら2年が1年の指導に着くんだけど、俺の場合は特別で大野さんが専属でトレーニングに付き合ってくれる事になった。
あまりの嬉しさに舞い上がっていた俺に、更に嬉しい出来事が待ち構えてた。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お・・・・」
「さすが、野球部に居ただけの事はあるね。お腹からちゃんと声は出せるし、柔軟も基礎が出来てる。」
「あ、ありがとうございます。」
「あ、二宮って下は何て言うの?」
「え・・・かずなりですけど・・・」
「それじゃ、これからカズって呼んでいい?」
「あっ、はい。是非・・・」
「ええっ?」
是非ってのはおかしいか・・・でもあんまり嬉しかったから是非って言葉が勝手に出ちゃったんだよね。
「ちょっと休憩しよっか。」
「え?もうですか?」
「うん。あっちで休も・・・」
他の1年はまだまだみっちり基礎練習やってるのに、俺だけ特別扱いされてて、しかも大野さんとずっとくっ付いていられるなんて幸せ過ぎるでしょ。
「カズ、今日さ練習終わってから時間ある?」
「えっ?」
「快気祝いと入部のお祝いに一緒に何か食べに行こうか?」
「えっと・・・それはその、俺と大野さんと二人でってことですか?」
「うん、そうだけど。」
な、何?これって、今俺は大野さんからデートのお誘い受けてるの?俺は心の中で大きくガッツポーズした。
「嫌か?」
「い、いえ。行きます!行きます!喜んで!」
「んふふっ。皆には内緒ね。」
「は、はいっ!」
皆には内緒???こんなに早い段階で俺と大野さんの二人だけの秘密を作っちゃっていいの?いいんだよね?本人がそう言ってるんだから・・・
「それじゃ、終わったら校門の前で待ってて。」
「はいっ。」
これはきっと俺がプロ野球選手になる道を絶たれて、あまりにも不憫だと神様が代わりに俺にくれたご褒美に違いないよ。
そうじゃなきゃこんなにトントン拍子に事が運ぶわけがないもの。それともこれって夢なのかな?俺は自分で自分のほっぺをギューッと摘まんでみた。
「痛たっ・・・」
「ん?どうした?まだ足首痛むのか?」
「あ、いえ///大丈夫です。」
もう嬉しくて顔が勝手にニヤける。
「それじゃ、稽古に戻ろうか?」
「は、ハイ。」
大野さんは優しいし、稽古は野球に比べれば超楽チンだし、幸せな時間だからなのかあっという間に過ぎていく。
「それじゃぁ、今日の稽古は終わりまーす。お疲れ様でした。」
部長の終礼で午後8時前には部活は終了した。俺は急いで荷物を教室に取りに戻ると、約束した校門の前に行き大野さんが来るのを待ち構えた。
他の部活の奴らもゾロゾロと出てくるから、俺は見逃さないように必死で大野さんを探した。
すると、フワッと俺の肩に誰かの手が優しく触れたと思ったら・・・
「カズ、ゴメン、お待たせ。」
って、大野さんが俺に声を掛けた。
「あっ、全然待ってないです。俺も今来たところなんで。」
「それじゃ、行こうか?」
「あ、はい。」
「カズは何が好き?嫌いな物とかある?」
「えっ?」
俺に興味持ってくれてるの?
「ファミレス行く?あそこなら色々選べるし。」
「あ、イイですね。」
「それじゃ、決まりだな。」
大野さんとの初デート、絶対に失敗は許されない。よしっ!こんなチャンス滅多にないかもしんないから、頑張らなきゃ。
俺は心の中で自分に気合を入れて大野さんとファミレスへ向かった。
つづく