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黄色い泪25
そして、演劇部から3年は全て引退して、2年から新部長と1年からは潤くんが副部長に選ばれ、いよいよ新体制となった。
大野さんの劇団からの合否の連絡が遅れてると聞いてたのもあるけど、俺はずっとあれから悩んでた。
劇団でプロとして役者を目指さないかって言われた時、正直それがどんなに凄い事だってことが全然分かってなかった俺は、演劇なんて大野さんとやれるから楽しいんであって、大野さんが引退した後は演劇部に在籍したとしても、本気で芝居に打ち込む気なんて更々無かったんだ。
だって、元々俺は野球以外に何の興味も示さなかった人間だし、つい2か月前まで将来はプロ野球選手になることが夢だなんて言ってた人間なんだもの。
そんな俺が舞台俳優を目指すなんて、それこそ自分の人生とは無関係と思ってたから、何だか狐にでも摘ままれちゃった感覚だ。
それに、コンクールの日はとにかくあがってしまってたから、自分でもどんな演技したかすら覚えて無いし、不評は有ったとしても、褒められる要素が何処に有ったのかって話。
本当にそこはいまだに謎でしかない。
そもそもあのお爺さんだって、本当に劇団ジャニーの取締役なのかだって疑わしいんだ。
まぁ、貰ったあの名刺に記されてる番号に電話すりゃ、嘘か本当かは明らかにはなるんだろうけど、真相確かめるだけで電話するのも気が引けて結局俺は何もしないで現在に至ってた。
「ニノ?大野先輩が引退しちゃったからって演劇部辞めたりしないよね?」
「あ・・・潤くん。う、うん・・・」
「どうしたの?浮かない顔しちゃって。」
「潤くん・・・ちょっとさぁ、聞いて欲しいことが有るんだけど。」
「え?俺に?」
「う、うん・・・」
「何?先輩と喧嘩でもしたの?」
「えっ?あ、違うよ。そういう話ではないんだ。」
「へえ・・・それじゃ、何?」
「今日って、部活終わったら時間ある?」
「あ、いいよ。また久し振りラーメン屋でも行っとく?」
「うん、いいね。」
「OK、それじゃ終わってからね。」
潤くんに相談してみようと思った。俺と大野さんの事も全て知ってるし、俺の事を演劇部に誘ってくれたのも彼なんだ。
お互いまだ16歳で、自分の将来を自分で決めれるほど大人になり切れてないんだけど、それでも一人で悩んでるよりも何か答えを見出せるんじゃないかって思った。
部活を終えて、俺と潤君はいつものラーメン屋に来ていた。
「ところでさ、俺に聞いて欲しい事って何?」
「う、うん。実はさ・・・」
俺は財布の中に仕舞ってたあの名刺を潤くんに差し出した。
「何?これ・・・えっ?劇団ジャニーって・・・」
「驚くよね。」
「なっ、何でこんなのニノが持ってるの?これって社長さんの名刺だよね?」
「俺ね、実はこの人からスカウトされたの。」
「ええっ?う、嘘?」
「ホント・・・」
潤くんは流石に驚いて目を丸くした。そして目の前に置かれたコップの水を一気に飲み干した。
「いつ?」
「こないだのコンクールの日。俺、気絶して控室で寝てたでしょ。気が付いたらさ、その爺さんが部屋に居たの。」
「ま、マジで?」
「ねえ、潤くんならどうする?」
「ど、どうするって・・・それが本当なら凄い事だよ。」
「うん、そうだよね。野球だったら巨人軍に一位指名貰ったのと同じくらいの価値が有るんでしょ?」
「野球と比較になるかは分からないけど、劇団ジャニーといえば今日本でトップクラスの劇団だからね。そういえば大野先輩もそこのオーディション受けてたよね?」
「そーなの。まだ合否の連絡も来てないんだよ。それなのに、俺が先にこんな事になっちゃって・・・俺、どうすればいいのか。」
「大野先輩はまだこの事知らないんだ?」
「言えるわけないよ。」
「俺は将来役者になりたいって夢が有るから、もしも俺だったら迷わずスカウトを承諾すると思うよ。ニノがスカウトされたのは、ニノの演技が社長の目に留まったってことだから、後はニノのやる気次第だと思うけどな。」
「でも・・・大野さんを差し置いて、俺なんか芝居の基礎も分かってないのに・・・」
「大野先輩なら分かってくれると思うけどな。だって右も左も分からない、ど素人のニノをわざわざ櫻井先輩の代役に指名したんだもの。あの人は最初からニノに才能が有る事を見抜いてたってことじゃないかな。」
「才能?そんなもの俺には無いって。」
「人には向き不向きって有ると思うよ。どんなに野球が好きだからといって、プレイが上手く出来なければレギュラーにすらなれないのと同じだよ。」
「ま、まあそれはそうだけど・・・」
「ちょっと悔しいけど、俺も最初からニノは役者に向いてると思ってたよ。そうじゃなかったら、多分声なんか掛けなかっただろうしね。」
「でもやっぱり、大野さんが合格するまでは決めない方がいいのかなって。」
「断るの?こんなチャンス、もう一生巡って来ないかもしれないよ?」
「そなんこと言われても・・・」
「大野先輩が合格したら、ニノはずっと大野さんと一緒に芝居が出来るんだから、願ったり叶ったりじゃん。」
「う、うん・・・」
「大野先輩は大丈夫だよ。絶対合格するって。」
「そうだよね。」
「良かったね。俺応援してるから、頑張れよ。」
「あ、ありがと。」
潤くんだって、こんなド素人に先を越されて悔しい筈なのに、本当にイイやつなんだよな。大野さんとのことも、協力してくれたのはこの人だし・・・
ホントに潤くんには感謝しかないよ。
俺なんかが役者を真剣に目指していいものなのかは分からないんだけど、とりあえず社長に電話だけは入れてみる事にした。
野球選手の夢が叶わなくなった時点で、将来の事なんて何も考えられなくて、とりあえず大野さんがいてくれたことで、絶望のどん底とか感じずに済んでたけど、俺が次の目標を掲げるとしたら、きっとそれは大野さんとこの先もずっと一緒に居る事だし、その為なら何でもしたいって思った。
そして・・・俺が社長に直接電話を入れて入団の意思を伝えたその日、偶然にも大野さんのオーディションの結果の報告も本人の手元に郵送で届いていた。
つづく