恋愛小説
黄色い泪26
「あっ、もしもし?嵐が丘高校演劇部の二宮と言いますが・・・」
「ん?嵐が丘・・・ああ~、ハイハイ。貧血で倒れちゃった僕ね?」
「えっと・・・は、はい・・・」
「どう?うちに来てみる気にはなった?」
「あ、はい・・・その事でお電話したんです。」
「うちに入団するという事は、親御さんには納得頂いてる?」
「あ、いや、それはまだ・・・」
「うむ・・・分かりました。それでは何時がいいかな?」
「はっ?」
「お宅に伺って親御さんに説明に行かないとならないから。」
「ああ、そ、そうですよね。で、でも・・・あの、その前にちょっとお願いしたいことが・・・」
「ん?何だね?」
「は、はぁ・・・そのぉ・・・」
「何でも遠慮なく言ってみなさい。」
「う、うちの3年の大野智って人が、お宅の劇団のオーディションを受けてる筈なんですけど、あの・・・出来ればその人を先に合格させて貰えないかって思って・・・」
「・・・」
「あ、あのぉ・・・」
「嵐が丘3年の大野くん?確か、この前主役をやっていた子だよね?」
「は、はいっ。」
「先輩を差置いて自分なんかが役者にはなれないと?」
「あっ、や・・・それだけじゃないんですけど・・・」
「二宮くん?」
「は、はい!」
「この世界の事はまだまだこれから分かってくることだけど、役者の世界に老いも若いも関係ないんだよ。先輩後輩は勿論どの世界にも存在するが、この世界は実力主義だということを良く覚えておきなさい。」
「はぁ・・・」
「どんなにベテランの役者でも万年脇役で日の目を見ない役者は五万といるが、いきなりブレイクする天才子役もいるように、経歴や学歴などこの世界には全く無意味なんだよ。君が先輩を想う気持ちは良くわかるが、その大野君って子だって君から口添えが有って合格したと知らされても決して喜ばないと思うがね。そうは思わないか?」
「そ、それはそうですけど。」
「うん・・・とにかく君が役者になりたいと決意したのなら、直ぐにでもご自宅に伺いたいけど、ご両親の都合の良い日を聞いてまた連絡なさい。」
「わ、分かりました。」
「では、待ってるよ。」
俺は何とか大野さんの喜ぶ顔が見たかったんだ。社長直々にお願い出来れば大野さんはオーディションに合格できるかもって思ったけど・・・
完全に俺の考えが甘かった。役者になることは遊びじゃないんだ。大野さんも真剣にその道を進もうとしてるのに、なんか急に中途半端な自分が恥ずかしくなってしまった。
まぁ、リアルに将来の事を考えられないってところが1年と3年の違いなんだろうけど。
大野さんのことを自分の力ではどうにもしてあげられないと分かった今、俺は役者の事、これからの事をもう一度冷静に考え直してみようと思った。
ところが、社長との電話を終えた数分後に大野さんから電話が掛かって来た。
「もしもし?大野さん・・・?」
「あ、もしもしカズ?今何してた?」
「え?あ、ううん、別に何も・・・」
「これからちょっとだけ会えないかな?」
「今から?」
「もう遅いから無理か・・・」
「ううん。俺も・・・逢いたいと思ってた。」
「んふふっ。それじゃ、今から迎えに行くよ。」
「いいよ。俺があなたのとこに行くから。」
「駄目だよ。夜道を一人で出掛けちゃ危ないから・・・」
どんだけ過保護なんだよ?俺は小学生かよ・・・でも、大野さんは本気で俺の事を心配してくれてるから嬉しいんだよな。
「ん、じゃ、待ってる。」
電話を切って時計を確認したら、この時既に夜の8時を回ってた。
直接逢いたいって言われて嬉しいのは嬉しいけど、何だろう?急に・・・
メールとか面倒にしても、電話で話すとか休日まで我慢も出来そうな気がするけど。直接顔見て話したい事でも有るのかな?
電話の声は何時もと変わらない感じだったから、特に何も考える必要ないかって思ったけど、あんまり急だったからちょっと不思議には思ってしまった。
つづく