恋愛小説
黄色い泪29
それから、大野さんはまだ俺のことは何も知らずに京都行きの準備を始めていた。
俺は1か月我慢すればまた大野さんには会えると思ってるから、さほど寂しくもないけど、大野さんはそれを知らないわけだから、出発の日が近づくに連れて不安になるのは当然だと思う。
だけど、俺が劇団にスカウトされて京都へ行くことは、出来ればギリギリまで内緒にしておきたいんだ。何故なら突然京都に行って大野さんの事を驚かせたいし。
その日も俺は学校の帰りに大野さんの家に来ていた。
「この前あんなこと言ってたけど、結局ご両親、学校辞めさせてくんなかっただろ?」
「あ・・・う、うん。でもさ、俺はまだ諦めてませんから。」
「俺さ、自分で稼いでアパート借りたら、カズと一緒に暮らそうと決めてる。だからそれまではお互い寂しいけど我慢しようよ。」
「我慢出来ると思う?」
「それは分かんないけど、仕方ないよ。」
「だけど俺と一緒には暮らすって考えてくれてるんだ。」
「嫌か?」
「ううん。嬉しいよ。本当にそうなると良いね。」
「うん。俺、京都行ったら毎日電話するよ。」
「いいよ。無理しなくても・・・」
「カズ?今日、泊まってかない?」
「えっ?」
「ダメか?お母さんに叱られちゃうかな?」
「あ・・・ううん。電話しておけば平気だと思う。」
「カズ・・・」
大野さんが切ない声で俺の名前を呼ぶ。と、同時に背中からギュっと抱きしめられた。
「大野さん・・・やだなぁ。なんかもうこれで最後みたいじゃん・・・」
「そうじゃないけど・・・暫くはハグも出来なくなるもの。」
「そんなこと言わないでよ。俺は必ずあなたに会いに行くんだから。」
ここで教えてあげるべきか悩む俺。でも、やっぱり言わない。大野さんが喜ぶ顔が見たいから。
ここは、一応役者志望の俺だから、頑張って死ぬほど寂しいという設定の演技に徹っすることにした。
季節はもうすっかり秋めいて、制服も冬物に衣替えした。大野さんはその俺の制服をゆっくりと一枚ずつ剥ぎ取って、火照った肌を重ねた。
枕元には大野さんの京都行の荷物。もう、本当に行っちゃうんだな・・・
俺、もしもスカウトされていなかったら、本当に家出してでもこの人に着いてったかも。・・・なんて抱かれながら思ったりした。
俺達は付き合ってまだ3か月だし、大野さんの全部を知ってる訳じゃない。
まさかここまで恋愛に溺れるなんて自分でもビックリなんだけど、こんな癒しの塊みたいな人、これから先地球上をどんなに探し回ったって絶対に出会くわすこと無いでしょ。
だけど俺には分かるんだよ。細胞レベルで相手はこの人じゃなきゃ駄目なんだって・・・俺の身体と魂がそれを教えてくれてるんだ。
「んっ・・・んはぁぁあっ・・・」
「なんか・・・今日のカズ・・・凄いなっ・・・」
「ん?そう?かな・・・好きだから・・・でしょ。」
「俺も・・・アイシテル・・・」
俺達は夜通し甘い吐息と囁きを響かせた。
そして数日後、大野さんは結局何も知らないまま、俺よりも一足先に京都へと旅立って行った。
俺も学校へ退学して劇団に入団する意向を伝え、密かに京都行の準備を始めた。
待っててね、大野さん。もう直ぐだよ。もう直ぐだから・・・寂しいのもほんの一時の辛抱だから。
つづく