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黄色い泪33
大野さんは今日も舞台に出演する為に劇場へ向かった。俺は研修生達と1日中芝居の稽古だ。
「おはよう。今日も僕が君につくことになってるから宜しくね。」
「あ、相葉さん宜しくお願いします。」
「二宮くん、ちょっと堅苦しいなぁ。ニノって呼んでもいい?」
「あ、うん。」
「昨日は大変だったみたいだね?」
「えっ?あっ、そうそう、有難う。大野さんに知らせてくれたのあなたですよね?」
「たまたまおーちゃんが帰ってきた時にバッタリ廊下ですれ違ったんだよ。」
「もう少しあの人が帰るの遅かったら、俺、大変な事になってました。」
「あいつらでしょ?」
相葉さんがそう言ってフロアの奥に居る4人を指差した。
「ああっ!そうそう。あいつらだよ。」
「この中でも一番落ちこぼれだよ。首になるのも時間の問題なんだ。」
「そうなの?」
「あいつらニノがおーちゃんの知り合いだって知らなかったからあんな事したんだよ。でも、もう心配要らないと思うよ。」
「どうして?」
「おーちゃんがバックに付いてるって分かったから。」
「あの人、そんなに怖がられてるの?」
「おーちゃんを怒らせたらこの劇団から追放されるよ。」
「ええっ?こわっ!あの人そんなに暴力的な人じゃないけどな。」
「うん、めっちゃ優しいよねぇ。」
「え?どういうこと?あの人を怒らせたらこの劇団に居られなくなるの?」
「そりゃそうだよ。あの佐々木さんのお気に入りなんだもん。ここでは佐々木さんが社長の次に偉い人だからね。」
「なるほどね・・・」
「あ、言っておくけど、ニノも佐々木さんの前で大野さんの話はしちゃダメだよ。」
「ええ?どうして?」
「佐々木さんがヤキモチ妬くからさ。」
「えっ?それって・・・」
「だからさっきから言ってるでしょ。佐々木さんはおーちゃんをとにかくお気に入りなんだよ。」
「ま、待って!お気に入りっていうのは、大野さんの演技の事を気に入ってるってことじゃないの?」
「僕もハッキリとは分からないけどさ・・・仮にそうだとしても研修入って10日も経たないド新人を舞台に起用すると思う?」
「いや、よく意味が分からないんだけど。」
「佐々木さんはおーちゃんに特別な感情を抱いてるって噂だよ。研修生の中には佐々木さんとおーちゃんが関係持ったんじゃないかって、そこまで勘ぐってるヤツもいる。」
「か、関係?」
「僕はそんなこと思って無いよ?あくまでも噂だよ。」
「大野さんはそんな人じゃないよ。あの人の演技はコンクールを3年連続優勝へ導くだけの実力を持ってるんだよ?それをまるで色仕掛けで取り入ったみたいな言い方・・・」
「だから、僕が言ってるわけじゃないってば。おーちゃんの演技が凄いことも僕は昔から知ってるし。」
「自分たちが舞台の演者に抜擢して貰えないからって、そこまで好き勝手な想像して噂広めるなんてホント最低だよ。信じられない!」
「でもまあ、おーちゃんが佐々木さんに気に入られてるからニノが守られてるのは確かだし、ニノも先輩想いなのはよく分かるけど、出来れば佐々木さんにはおおちゃんと仲良しだって気付かれない方が身のためだと思うけど。」
相葉さんからの助言は有難い。でも、何だよ?それ・・・
佐々木って演出家はどう見ても30半ばでしょ。家庭持ってないの?気持ち悪っ・・・
相葉さんの話が本当なら、佐々木ってオッサン絶対に許せない。この俺が何としてでも大野さんの事を守ってあげなきゃ。
だけど、佐々木がここで絶対的な権力者であることは明らか。昨日俺の裸の写真を撮ろうと襲い掛けた奴らは、今日は俺と目も合わせようとはしないし、それよりも・・・
他の奴らだって俺が大野さんの後輩だと分かったからか、関わりを持ちたくなさそうなのが態度見りゃ分かる。
ようは、俺が大野さんに告げ口でもして怒らせたりしたら、直で佐々木のオッサンの耳に入り、出世が遠のくとでも思ってるんだ。
バカバカしくてやってらんない。あんなスケベそうなオッサンに媚び売ってまで皆俳優にのし上がりたいのか?
そんなことを考えてる時だった。
「二宮、ちょっと来い。」
俺は佐々木に呼ばれて稽古場の奥のスタッフルームに連れて行かれた。
何だろう?早速俺に何の用事?
「あ、あの?」
「いいから座れ。」
「はぁ・・・」
「3か月後の新人オールキャストで行われる舞台の主役は二宮、お前に決まった。」
「はっ?」
「二宮が主役と言ってるんだ。」
「ま、待って下さいよ。何で俺?俺は昨日ここに来たばかりですよ?」
「社長命令だ。」
「え?社長が?」
「そういう事だから、しっかりやれよ。」
「そ、そんな・・・」
「話は以上だ。さっさと稽古に戻れ。」
「あ、いや、あの・・・」
「何だ?まだ何か聞きたい事でもあるのか?」
「え・・・あ、その・・・俺には無理です。主役なんて。」
「無理かどうかはお前が決める事じゃない。そして、俺が決める事でもない。」
「で、でも・・・」
「嫌なら今直ぐ荷物纏めるか?」
「は?」
「東京のご両親のところに戻っても構わんのだぞ?」
「あ、あの?佐々木さんって・・・」
「ん?何だ?」
「大野さんと・・・」
「大野・・・?大野がどうかしたか?」
「あっ、いえ、何でもないです。」
この時点でまだ俺は直接聞くことが出来なかった。
だけど、大野さんの名前出した時、明らかに佐々木の表情が一瞬だけど変わった事を俺は見逃さなかった。
つづく