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黄色い泪35
それから大野さんが戻って来たのは22時を回ってからだった。大野さんは宿舎に戻ると真っ先に俺の部屋にやって来た。
「カズ、遅くなってゴメンね。」
「俺に謝んなきゃなんないような事でも有るの?」
「えっ?」
「疚しい事がないんだったら別に俺に謝る必要はないと思うけど。」
「疚しいって、どういうこと?」
「まあ、多分あなたは佐々木のオッサンのパワハラを断れないだけだから、完全に被害者だけどね。」
「ちょっと、カズ何か勘違い・・・」
「俺はアイツ認めないから!絶対に嫌いだから!」
「カズ?」
「大野さん、俺に任せてよ。明日別の用事だけど社長に電話しなきゃなんないの。だから、ついでに佐々木のオッサンのパワハラについても俺ちゃんと注意して貰うようにお願いしてみるからさ。」
「カズ、ちょっと待ってよ!」
「心配しないで。あなたに間違っても矛先が向かない様にちゃんと話すつもりだから。」
「ダメだってば!カズは勘違いしてる。」
「えっ?何が?だって、あなたは実際パワハラを受けてますよね?大体、研修生に・・・しかも未成年の男子に手を出すなんて、指導者にあるまじき行為だよ!」
「佐々木さんはそんな人じゃないって。」
「あー、大野さんは人が良いから気付いてないだけですよ。飯を奢るなんて、餌付けと変わらないんですから。」
「え、餌付け?」
「劇団に入団して間もないあなたを舞台に上げて、ちょくちょく飯を奢り、次は好きな物を買い与えたりするんですよ。」
「はっ?何言ってんだよ?」
「そうなんだってば。しっかり餌付けして、あなたが油断してるところで身体を迫られるパターンなんですよ。」
「いいから、ちょっと黙って俺の話を聞いてよ。」
「はぁ・・・いいですよ。聞きましょう。」
「佐々木さんはね、オーディションの時から俺の芝居を見込んでくれて、最終審査で俺を推してくれたお陰で劇団に入れたんだ。」
「へえ・・・オーディションの時から品定めしてたんだ?アイツ・・・」
「カズ!もういい加減にしろよ!」
大野さんが真顔で俺を怒鳴ったから、一瞬その場が凍り付いた。
「佐々木さんは純粋に俺の芝居を評価してくれた。仮にカズが言うみたいに下心が有ったとしても、騙されてたとしても、俺はあの人を恩人だと思ってるし、もうそれならそれでも良いよ。」
「大野・・・さん?」
「カズに何が分かるって言うの?自分は社長から直々にスカウトされたんだから、何も苦労とかしなくてもこの先仕事が貰えるもんな。俺は違う・・・東京に帰ったらカズと一緒に暮らすって決めて京都に出てきたけど、その為には1日も早く稼げるようになんないとダメだし、俺は俺なりに頑張ろうって思って色々やってるのに・・・どうして分かんないの?」
「だって・・・それは俺だけが感じてる事じゃないよ。研修生の皆が思ってる事ですよ?」
「カズは俺の事なんかより、噂を信じるんだ?」
「えっ・・・そ、それは違うよ。」
「違わないだろ。俺がどんなに佐々木さんはそんな人じゃないと言っても、そのことに耳を貸そうともしてくれないじゃん。俺には実力なんか無いから色仕掛けするしかないって思ってんだろ?」
「大野さん・・・」
「他の誰にも分かって貰えなくても、カズだけは分かってくれると思ってたのに・・・もういいよ。好きにすれば・・・」
大野さんはそう言って、悲痛な表情で俺の部屋を出て行った。
大野さんと付き合って、初めて意見が食い違ってしまった。
まさかここまで言い争いになるなんて思ってもみなくて、俺は暫く何も考える事が出来ず、ただ大野さんを怒らせた事へのショックで呆然となっていた。
俺は何をやってんだ?好きな人をこんなところまで追って来て、ただの恋愛ごっこしてるだけ?
それに比べて大野さんは真剣に夢を掴もうとして必死なのを、俺は邪魔しようとしてるだけなのかな。
俺が社長からスカウトされたことも、あの人は何も言わなかっただけで、本当は凄いショックなことだったのかも知れないと今頃気付いてしまった。
「カズに何が分かるっていうの?」
あの大野さんの言葉が何時までも心の中で木霊する。
俺は選択を誤ってしまったのかも・・・役者なんか断って、大人しく東京であの人の帰りを待つべきだったのかもしれない。
冷静に考えたら、自分のヤキモチで凄い子供染みた事ばかり言ってしまってたような気がしてきた。
俺はその夜、一睡もせずに部屋の荷物を纏めた。そして翌朝、俺は誰にも告げることなく合同宿舎を後にした。
つづく