恋愛小説
黄色い泪36
俺は東京へ帰るべく東京行きの新幹線の切符を買った。
コートのポケットの中ではずっとさっきからバイブにしてるスマホが振動し続けてるけど、俺はそれを無視して新幹線に乗り込んだ。
色んな意味で心が重かった。今更学校も辞めたっていうのに、どんな顔して両親の元に戻ればいいのか。そして、何よりももう完全に大野さんに嫌われたと思い込んでしまった俺は、これから一体何を目標に生きて行けばいいのか・・・俺は自分で自分が嫌になって、堪えきれずに誰にも気付かれない様帽子を深くかぶり、声を殺して泣いた。
東京駅に着いて、真っ直ぐ自宅に帰る気にもならなくて、暫く駅の近くのネットカフェで時間を潰すことにした。
一応、社長にだけはケジメとして電話は入れておいた方がいいかな。そう思って、ポケットからスマホを取り出した。
京都を飛び出してからスマホを放置してたから、物凄い件数の着信が入ってる事に気が付く。履歴を見てみると研修先の事務所からが2回、そして大野さんからが10回以上・・・
きっと黙って宿舎を出てったから心配してくれてるんだ。LINEの通知も入ってたから、一応確認してみた。
{カズ、頼むから電話に出て!}
やっぱり、俺の事を探してる。だけど、最後の着信は8時30分だから、今頃大野さんは舞台に出てる筈・・・
{ゴメンね。あなたの気持ちも考えないで。俺は東京に帰ります。色々有難う・・・舞台頑張って!}
俺はそれだけを告げてそのLINEをブロック設定した。その後俺は社長に電話を入れた。
「もしもし、二宮です。俺、やっぱり役者には向いてません。劇団を辞めさせて頂きます。」
「ん?あ、二宮くんか・・・君、今何処に居るの?」
「東京駅です。」
「そうか・・・うん、分かった。ではこれから飯にでも行こうか?」
「ええっ?」
「丁度昼時だから直ぐにそっちに向かうから、丸の内の中央出口付近で待ってなさい。」
社長は一方的にそう言って電話を切ってしまった。確かに朝から何も食べずに戻って来たから腹がペコペコだった。
とりあえず俺は予定も何も無いので、荷物を持って社長との待ち合わせ場所へと向かった。
電話を切ってからまだ数分しか経ってないのに、待ち合わせ場所には既に社長が高級車で俺の事をお待ちかねだった。
お抱えの運転手が、俺の荷物を預かってトランクに積み込み、俺を後部座席へと導いた。
後部座席にはあの社長が座ってて、俺は叱られるとばかり思ってたんだけど、社長は俺を見てニッコリと微笑んだ。
「あ、あの・・・お疲れ様です。」
「うん、まぁいいから乗りなさい。」
俺は言われる通りに車の後部座席に乗り込んだ。
「それじゃあ、行くとするか・・・」
どうして怒られないんだろう?俺が京都から戻って来たことは見れば分かるっていうのに・・・
「あ、あのぉ・・・」
「二宮くん?」
「は、はい?」
「ウナギは食べれるか?」
「は?えっ?あっ・・・はい・・・」
「そうか、それじゃ鰻にしよう。」
社長の本題はどうも俺なんかのことじゃなくて、今日の昼飯を何にするかって話みたいだ。
俺はめちゃくちゃ高そうな鰻専門店に連れて来られた。
しかも、ランチタイムだというのに、VIP専用の奥の座敷の部屋に通されて、自分が場違いな所に連れて来られた事を悟って急にガチガチに緊張し始めた。
「ここの鰻はもう何十年も通ってて、味も質も全然変わらなくて美味いんだよ。」
「そ、そうなんですか・・・」
「遠慮はいらんから、食べてみなさい。」
「それじゃ、頂きまーす。」
特上のうな重が目の前に置かれて、とにかく腹が減ってるから、会話もしないで夢中でそのうな重を食べた。
「わ、うまっ!こんな美味い鰻食べたの初めてです!」
「そーか。それは良かった。ところで二宮くん?」
「は、はい。」
「これから行くところはあるのかね?」
「えっ?」
「うちを辞めたら、ご両親もさぞご心配なさるだろうに。」
「す、すみません・・・あの、でも心配しないで下さい!悪いのは・・・その、俺なんだし、自分の親は自分で説得しますんで。」
「君さえ良ければだが・・・この人を訪ねてみるといい。」
「え?」
社長はそう言って俺に一枚の名刺を手渡した。
「彼は私の古い友人でね。テレビ関係のプロデューサーをしているんだけど、君くらいの年齢の子達を集めて番組を作ってる。舞台役者が自分に向いていないと決断を下すには、まだちょっと時期が早かった気もするけど、直感で動くこともこの世界には必要な事だったりもするからね。まあ番組に出演しないにしても、日の当たらない裏方の仕事もいくらでもあるから、これから家で何にもしないでいるよりも、そこでゆっくり自分がやりたい事を見つけるというのも良いかも知れん。ご両親もその方が安心されると思うが・・・どうだろう?」
社長のその優しい言葉に、俺は思わず涙が溢れて止まらなくなった。
「ううっ・・・お、俺みたいな身勝手なガキ相手に・・・どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
「フフフッ。僕の目には狂いがないと思ってるからね。今はその意味が分からなくても、必ず君が大人になった時に理解してくれると信じてるよ。」
俺はとにかくひたすら泣きながら社長に頭を下げてお詫びし続けた。
社長はその後、俺を自宅まで送り届けてくれて母さんにも事情を説明してくれた。
母さんは心底呆れ果ててたけど、社長のお陰でなんとか納得してくれて、煩いお小言を聞かずに済んだ。
京都では当然俺が辞めたことでちょっとした騒ぎになってたと思うけど、俺が関わらなくなったことで、大野さんは思う存分役者への道を突き進むことが出来る筈。
もし、次に会える時が有るとしたら・・・もう少し俺も大人になっていたいって思ったりした。
つづく