第5章
君の中の真実⑧
そして、ニノの俺に対する山下君への下心疑惑については、何も解決しないまま日曜日がやって来た。
その日は午後から実家に出掛けてニノを家族に紹介して、それから夕方には相葉君の自宅へと向かう予定になった。
ニノは、俺の両親に始めて対面ということもあって、朝からそわそわと落ち着かない様子。
俺はというと、実は山下君が来てからというもの、ニノと一度も行為を交わしてなくって若干のストレスを覚え始めた。
「ねえ?今夜は大丈夫だよね?」
「大丈夫って何が?」
「だって・・・最近おいらが誘っても疲れたとか言って、ずっと拒否してるじゃん。」
「あれ?誘いましたっけ?俺の記憶じゃ水曜日に一度だけだったと思うけど。」
「誤魔化すなよ。もうおいらのことは嫌いになったの?」
「まさかでしょ。もしもそうだとしたら、あなたの実家になんかふつう行かないと思うけど。」
「本当に疲れてたの?」
「確かに疲れていたのは本当ですよ。まぁ、肉体的というよりどちらかといえば精神的に、ですけどね・・・」
「やっぱりキチンとこのことはハッキリさせておこう。実家に帰る前に。」
「このこと?」
「分かってんだぞ?あれだろ?山下君の事で怒ってるんだろ?」
「まぁ、あなたに下心が最初からあるとは思ってませんけどね・・・」
「あるわけないだろ?そんなもん。」
「だけど、あなたは誰にでも優しいから。」
「えっ?」
「そういうの、俺はあんまり嬉しくないっていうかさ・・・俺じゃなくても他の人が相手だとしても、たぶん同じこと言われるんじゃない?おーのさんって激烈に鈍感なところあるでしょ?あっ、そこらへんの自覚って本人にはないのか。」
「どういう意味だよ?」
「彼、引継ぎしてる間すんごいあなたの事を俺に聞いてくるんだよね。」
「え?おいらのこと?」
「あなたによほど興味をお持ちなんですよ。」
「そ、それはおいらが独立して起業してるから、目先の目標として気になるってだけだろ?」
「ほらっ、そういうところが鈍いんだよ、あなたは・・・」
「え?そういうことじゃないの?」
「あなたの趣味は何だとか、現在付き合ってる人は居るのかとか。聞いてくることはとにかく仕事以外のプライベートなことばっかり。おまけに俺の事は完全にあなたの従弟だって思ってるみたい。」
「マジか・・・。」
「あなたが俺の事を最初に身内とかって説明したんでしょ?身内だと聞かされれば誰だって知らないヤツは従弟だって思うでしょ。」
「だって、どういうふうにニノの事を説明したらいいか分かんなかったんだよ。」
「ん、まあいいですよ。初対面のヤツに自分のことをペラペラ喋るのもどうかと思うしね。」
「そうだろ?おいらは何も悪くない。」
「俺は一度もあなたが悪いなんて言ってませんよ。俺はただ、ちょっと心配なだけなの。」
「心配すんな。おいらにはニノだけだ。」
これからモデルの仕事も始まるから、ニノが不安になるのは良く分かる。
ちょっと以前よりも奈緒ちゃんがニノと普通に話せるようになってホッとしてたのに、まさか新入りの山下君まで敵対視することになるなんて。
嫉妬されるってことはそれだけ愛されてる証拠なんだろうけど、それだけまだ俺から愛されてるという確信が持てないんだろうな。
俺はこんなにニノのことが愛おしくて仕方がないっていうのに・・・そんなことを考えてると、なんかもどかしくて仕方なくて、ニノの腕を引き寄せてギューッと抱き締めた。
そして頭を傾けながら唇を近づけると、プイッと反対側に顔を逸らす。諦めずにそのまた反対からも迫ると、また顔をそむける。
ニノは堪らずクスクスと顔を真っ赤にして笑い始めるから、俺は
「あったまきた!」
と彼の頬を両手で包み込んで逃げられないようにロックして、ようやくその唇を捕獲。勢いでソファーに身体を押し倒そうとしたら
「ほら、ご両親待たせちゃ悪いですよ。もうそろそろ行かないと。」
って、上手いこと逃げられてしまった。
大好きな釣りで表現すると、仕掛けた釣竿に大物がヒットしたけど、水面ギリギリのところで逃げられた、それに限りなく近い虚しさみたいなのを感じた。
つづく