
第5章
君の中の真実⑥
「おはようございます!」
「あっ、山下君、おはよう。」
「今日から宜しくお願いします。」
「こちらこそ、宜しくね。ニノ、ちょっと来て!」
「はぁーい。いま行くー。」
ベランダで洗濯物干してるニノがパタパタと小走りに俺の方に駆け寄る。
「お待たせ。ゴメンね、洗濯物干してたから・・・あっ?誰?」
「ニノ、今日からここでバイトして貰う山下君だよ。」
「あぁー、この人がぁ・・・」
「山下と言います。初めまして。」
「に、二宮です。よろしく。」
「山下君、ニノは昨日も話してたけど、来週から別の仕事で働けなくなるんだ。」
「ああ、先生の身内とか言われてた?ご親戚の方ですか?」
「え・・・」
「違うよ。俺は親戚とかじゃないし。」
「に、ニノ、悪いけど山下君にニノの仕事を引き継いで貰えるかな?」
「ええ?うん・・・いいけど。」
「それじゃ、宜しく頼むよ。」
「おはようございまーす。」
「あ、奈緒ちゃんもおはよう。今日から山下君もここで働いて貰う事になったから、宜しくね。」
「初めまして。山下です。宜しくお願いします。」
「ど、どうも・・・二宮さん、ちょっと・・・」
「え?俺?」
「いいから、ちょっと!」
「な、何だよ?」
奈緒ちゃんが険しい表情でニノの腕を掴んで自宅の方に連れ去ってしまった。マズいな・・・奈緒ちゃん、余計な事言わなきゃいいけど。
「先生、それで俺は何したらいいですか?」
「え?あっ、ああ・・・昨日渡した雇用契約書は持ってきた?」
「あ、はい。」
「それじゃ、ニノが来るまでここで待っててくれる?」
「分かりました。」
俺はニノと奈緒ちゃんを呼び戻そうと、リビングの入り口から中の様子を伺った。2人は窓際でコソコソと何やら相談中のようだ。
「それマジで?」
「絶対間違いないわ。女の勘ってヤツよ。」
「そんなの許せないよ!」
「でしょ?私も先生が何を考えてるのかサッパリ分からなくなった。二宮さん、ここは私と手を組みませんか?」
「え?奈緒さんと?」
「一時休戦です。敵はこれ以上増やしたくないでしょ?」
「俺は奈緒さんの事は一度も敵だとも思って無いけど。」
「いちいちここでむかつくこと言わなくていいの。とにかく、二宮さんだって自分が留守の時に先生とあの人が何かあっちゃ困るでしょ?」
「そ、それは困るよ。」
「だったら、あたしに任せて。」
何の相談してるのか?2人はコソコソ小声で話してるから、俺には全くその内容が分からない。
「ニノ、奈緒ちゃん?」
「え?は、はーい。」
「そろそろ仕事始めてくんないかなぁ。」
「はぁーい。」
奈緒ちゃんが慌てて事務所に戻った。
「ニノ?今さ、奈緒ちゃんと何話してたの?」
「えっ?あ、あなたには関係ありませんよ。さっ、仕事始めようっと。」
絶対よからぬことを吹き込まれたに違いない。明らかにニノの表情が強張ってる。
「あ、あのさ、ニノ?」
「ほら、あの人・・・山下君だっけ?呼んできてよ。こっちのパソコンで引継ぎしますから。」
「えっ・・・あ、うん・・・」
駄目だ・・・もう既に誤解してる。奈緒ちゃんは間違いなくニノに山下君に下心あるとか何とか吹き込んだに違いない。
もう、何でこうなるんだよ?奈緒ちゃんはニノの事は敵だとか言ってたから、きっとニノに余計な事吹き込んで誤解させてヤキモチを妬かせて、それで最後は俺達の仲を引き裂こうって作戦なんだろう。
大丈夫。そんなビクビクする必要なんかない。
ここまで単純な奈緒ちゃんの策略にニノが引っ掛かるわけがないって、俺は自分に強く言い聞かせた。
つづく