
第5章
君の中の真実⑩
最初の予定では夕方まで実家に居るつもりだったけど、ニノの結婚に対する突然の否定的な態度に焦ってしまった俺は、急遽自宅に戻ることにした。
そのまま相葉君の自宅に行こうと思えば行けるんだけど、こんなモヤモヤした気持ちのまま行けるわけもない。
ニノは実家を出てからダンマリだし、俺は俺で頭の中を急ピッチで整理してる。
だけど、どんなに一人で考えてもニノが突然心変わりしてしまったことが信じられなくて、俺はとにかくテンションが下がりまくる。
山下君を採用した事をまだ根に持ってる?まさかそんな事くらいで嫌いになるか?それについては俺はちゃんとさっき釈明したじゃない。
それと、もう一つだけ考えられるとしたら・・・モデルの仕事?きっとそうだ。これからだって言うのに結婚なんて出来ないと思い直したのかも。
俺はなるべく喧嘩にならないように気持ちを静めてからニノに話し掛けてみる。
「あのさ・・・ゴメンね。」
「えっ・・・何が?」
「おいらさ、忘れてたわけじゃないんだ。」
「だから、何をですか?」
「モデルの仕事次第じゃデビューの道も開けるかもしれないから、やってみろって勧めたのはおいらなのに・・・」
「あ、なんだ。そのことか。」
「これからだってのに、結婚なんて確かに直ぐには無理だよね。でもさ、なんであんな言い方したの?この先仕事がどうなるか分からないって言ってくれたら、おいらもあそこで納得出来てたのに・・・子供が産めないからとか、おいらに相応しい人が現れたら身を引くとか、わざわざあんな嘘付くことなかったのに。」
「あ、あれは俺の本音ですよ。嘘でも芝居でもありませんから。」
「本音?」
「俺って結構、昔っから都合よく生きてる人なんですよ。」
「は?」
「それってどういう意味だよ?」
「俺はあなたの恋人で居続けたいという気持ちになんら変わりは無いんですけど・・・やっぱり結婚って面倒だし、なんていうか重いんですよね。」
「嘘だ!そんなのおいらは信じるもんか。」
「ウフフッ。べつに信じないなら信じないでいいよ。」
「ねえ?何を企んでるの?」
「え?べつに何も・・・」
「嘘付け。そんなに山下君を採用したことが気に入らないのかよ?」
「もぉ、何言ってんすか?着きましたよ。」
ニノは鼻で笑いながら車を駐車場に停めた。そして車を降りると足早に自宅へ戻って行く。
あんなの、俺が好きなニノじゃない。いったい急にどうしたっていうんだ?
自宅に戻ると、ニノがキッチンでコーヒーを淹れた。
「あなたも飲みます?」
「あ、うん・・・」
「ちょっと相葉さんちに行くのも早すぎますね。」
「やっぱり、今日は行くのやめようか。」
「どうして?相葉さんと約束してるのにドタキャンする理由もないでしょ。」
「理由ならある・・・」
「あの、もうさっきの話は終わったんで、いい加減にやめません?俺、言い争うのは苦手なんで。」
「言い争うって・・・」
「納得いかないって顔に出てますけど。」
「こんなの納得いくわけないじゃん。」
「俺は相葉さんとこには一人でも行ってきますよ。」
「何でだよ?」
「だってせっかく逢いたいと言ってくれてるのに悪いでしょ?ドタキャンなんかしたら。」
「ドタキャンだ?良く言うよ。おいらの両親の前でドタキャンしたのはニノだって一緒じゃないか。ニノも実家に行くことあんなに楽しみにしてたじゃん。」
「だって、あなたが勝手に結婚するとか言い出すんだもの。」
「普通は喜ぶところじゃない?」
「そっかなぁ?」
「どうした?おいらニノになんか怒らせるようなことしたか?」
「だからぁ、さっきも言いましたけど、俺って何かと都合よく生きてる人間なんですって。」
「おいらが知ってるニノは、そんないい加減な奴じゃないよ。」
「なんか、それって俺のこと美化し過ぎてますよね。」
「もしかして、ニノはおいらのことを都合よく利用してただけなのか?」
「そんなつもりは無いですけど、あなたが俺に騙された、いいように利用されてたってそう感じたんだったら、そうかもしんないね。」
「ゴメン・・・出てってくんないか?」
「えっ?」
「ニノはまだ自宅のアパート引き払ってもいなかったよな?」
「ああ・・・そのままだけど。」
「それはどうして?もともとおいらとの同棲は目的を果たすまでのお芝居だったからってことか?」
「おーのさん・・・分かりました。俺、自分のアパートに戻るよ。短い間だったけど、それなりに楽しかった・・・」
ちょっと声が震えてた気もするけど、それは気のせいか?ニノは俺に深々と頭を下げて自分の部屋に移動して荷物を纏め始めた。
何が真実で何が嘘なのか。俺みたいに頭の悪い人間には目に見えたり、耳で聴いたりした表面の部分でしか判断することが出来ない。
相手の気持ちの裏側まで読めたりしたら、人は傷ついたり傷付けたりしなくて済むのかもしれない。
そこまで大声張り上げての喧嘩とまではいかなかったけど、二人の間に大きな溝が出来てしまったのは事実。
本当はそれがニノの本心だとは、俺はまだ信じられなかったけど、ニノが自らこうなるように会話の中でシナリオを描いて導いたような気さえする。
ガチャッと部屋の扉が開き、ニノが少し離れた位置から俯いて項垂れてる俺に声を掛けた。
「それじゃ、お世話になりました。・・・元気でね。」
俺は声を出せば泣いてしまいそうで、ニノの顔は見ずに鉛みたいに重い右腕を挙げて軽く左右に振った。
つづく