第1章
君との再会③
「先生、今日はお天気も良いですし、お布団のシーツも洗っておきましょうか?」
「奈緒ちゃん、何時も言ってるけど、そんなことまでしなくていいよ。」
「だって、先生は独身の一人暮らしなんだから、放っておけないです。気にしないで下さい。」
「でも・・・」
奈緒ちゃんは俺が仕事を独立して直ぐに雇ったアシスタントで、俺としては男性のアシスタントを雇うつもりだったんだけど、知り合いに派遣業やってるヤツがいて、彼女は仕事が出来るからと半ば強引にあてがわれてしまった人材だった。
うちの仕事は締め切り前はバタバタだけど、それ以外の時は比較的ゆっくりしてる。だから、時間を持て余して頼んでもいない俺の身の回りの世話をしてくれる。
それは確かに助かるのは助かるけど、雇用主とアルバイトって関係性が感じられなくて、緊張感が何処にも無い。
自宅を事務所にしちゃった俺にも問題は有るのだろうけど、それにしてもフロアーはきちんと分けてるのに、彼女は勝手に自宅フロアーにも入り込んでしまって、掃除、洗濯、時には夕食の支度までやってくれる。
「先生、私お買い物してきます。今夜、何食べたいですか?」
「えっ・・・な、奈緒ちゃん、ホント夕食の準備までしなくていいよ。」
「だから、遠慮しないで下さい。私が好きでやってることだし。」
「う、うん。でも・・・やっぱりそこまでは・・・」
「今日のお仕事、出版社の営業にお茶出しただけですよ?そんなんでお給料頂けないです。」
「奈緒ちゃん、仕事が早いんだよ。昨日渡した次の依頼の分の仕事ももう終わっちゃってるし・・・」
「それで?何か食べたいもの有りますか?」
「あ、いや。今日は外に飲みに行かない?」
「えっ?本当ですか?」
「うん。奈緒ちゃんは本当に頑張ってくれてるし、今夜はおいらが奢るから。」
「わぁ。それじゃ、急いでお洗濯物を取り込んできますね。」
「だ、だから、それはおいらがやるって。」
「いいから、先生は次の依頼のデザイン考えて下さい。次の依頼は締め切りまであまり時間ないですよ。」
「う、うん・・・」
これってどうなんだろう?若い独身女性に自分の下着まで洗濯させるって、絶対マズいと思うんだけどなぁ。俺が頼んだわけじゃ無いし、パワハラで訴えられる事はないだろうけど、自分としては公私をキッチリ分けたいって思ってるんだけど、どうしても何時も彼女の行動力に押され気味というか・・・。
夕方の5時半を回って、特に緊急の仕事の電話とかも入って来ないから、俺は奈緒ちゃんと事務所を出て、行きつけの居酒屋へと向かった。
「いらっしゃいませ。あれれ?大ちゃん、ついに彼女連れて来たか?」
「大将、違うよ。彼女はうちのアシスタントさん。そんなんじゃないよ。」
「またまたぁ。隠さないで良いって。あ、お嬢さんも生でいい?」
「えっ・・・あっ、私はレモンサワーを。」
「大ちゃんは?」
「おいらは生で。」
「レモンサワーと生中ね。直ぐお持ちします。」
「ゴメンね。この店に女の子連れてきたの初めてだから・・・」
テーブルに置かれたおしぼりで手を拭きながら彼女にそう謝った。
「フフフッ、そうなんだぁ。」
彼女と間違えられても困った様子でもなく、不愉快そうな顔一つせずに、メニュー表を嬉しそうに開いてる。
「はい、生中とレモンサワー、お待たせしました。ご注文が決まったら呼んでね。」
違うと説明してるのに、何処かニヤニヤしてる大将。
「そ、それじゃ、乾杯しようか?お疲れ様、カンパーイ。」
「お疲れ様でーす。」
「今夜は奈緒ちゃんが好きな物何でも頼んでいいよ。」
「おすすめは?」
「焼き鳥、もつ鍋、鉄板焼き・・・何でも旨いよ。」
「へえ。それじゃもつ鍋にしようかなぁ。」
注文を頼んで、料理が来るまで間が持たない。そもそも女の子と居酒屋とかで二人っきりで飲むことななんて滅多にないから何を話したらいいのか分からない。
仕事の話?勤務時間外にそういう話しかしない上司ってウザいよな。頭の中でそんなこと考えてたら、奈緒ちゃんがいきなり質問をぶつけてきた。
「先生って、好きな人居ないの?」
「えっ・・・」
「私が採用されて半年になるけど、一度も女性が訪ねてきたこと無いから。」
「付き合ってる人は居ない・・・かな。」
「好きな人は?」
「な、奈緒ちゃんは?」
「私、今はフリーです。」
「そ、そうなんだ。」
「結婚願望は?無いんですか?」
「え・・・今は独立して間もないし・・・」
「いずれはしたいんだ?」
「そ、そりゃあ。」
「それって、私にもチャンス有りますよね?」
「ええっ?」
「なーんてね。」
奈緒ちゃんはまだレモンサワー1杯目だっていうのに、顔を真っ赤にしてケラケラと大笑いした。
つづく