第1章
君との再会⑥
『あーーーっ!』
思い出した。その青年、何処かで見たことがあると思ったら、あの時の、タクシーに同乗したアイツだ。
「えええーっ、マジかぁ。驚いたな。」
そう言ったら、途端にその青年は俺に知らん顔だ。
「君さ、ほら、あれだよね?いつかのタクシーの時の・・・」
「何の話でしょう?」
「はっ?思い出したんじゃないの?」
「あの、失礼ですけどどちら様ですっけ?」
絶対そんなはずがないよ。だって、たった今俺と指差して叫んだだろ?何しらばっくれてんだよ。
待てよ・・・そうか、まずいとこ見られたから体裁が悪いのか。まぁ、それなら仕方ないけど・・・
「君、何飲んでるの?」
「カシスオレンジ」
「マスター、彼にもう1杯お代わり作ってあげて。」
「えっ?何で?」
「いいの、いいの。おいらがここは奢るから。」
俺の席から彼の席までは少し距離が有って会話するにはちょっと遠い。
「そこ、座ってもいいか?」
「いいけど・・・」
俺は自分の席を立ち上がると、彼の真横の席に腰掛けた。
「ここ、良く来るの?」
「う、うん。」
マスターが俺のグラスを移動してくれて、頼んだカシスオレンジを彼の目の前に置いた。
「お二人はお知り合いだったんですか?」
「え?お知り合いというか何というか。」
「人違いでしょ。俺はあなたに会うの初めてだけど。」
「マジで言ってるの?」
「参ったな。こんな偶然ってあるものなんだな・・・」
ほら、やっぱり覚えてんじゃん。
「これ、頂いていいの?」
「ああ、君にはかなりお釣りを渡しそびれてるからな。」
「お釣り?あっ、タクシーのか・・・」
「覚えてるじゃんよ。」
「そんなの相手が覚えてないって言ってるんだから、俺なら忘れたフリするけどな。あなたって真面目だな。」
「ここで会えて良かったよ。おいらももう二度と会えないと思ってたから。でも、思い出した以上今日はちゃんと返すよ。」
「いいってば。」
「そうはいかないよ。」
「さっき助けてくれたから・・・それは御礼ってことで。」
「あ、ところでさ、何でさっきあの男を殴ったりしたの?」
「えっ?それ、話さないとダメですか?」
「一応おいら、君の事助けたんだけど。」
「うん、ありがと。でもべつにお願いした覚えはないけど。」
何だ?その言い草。
童顔ではあるけど、間違いなく俺より年下だろう。でも、ちょっと受け答えがいちいち捻くれてる。
「言いたくなきゃ言わなくてもいいよ。だけど、あんなにデカい声で騒いでたんだ。悪いけど、聞きたくなくても話はこっちにまで聞こえて来たからね。何か騙されたの?」
彼はハァッと大きな溜息をついて、俯いた。
「デビューさせてくれるって言ったから信じてたのに・・・あいつ、ホテルのスィートルーム予約してるから付き合えって言い出しやがって・・・」
「・・・ホテル?」
「やらせろって、それが条件だって。」
「や、やらせるって、何を?」
「はっ?あなた天然なの?」
「えっ?ゴメン、意味が分かんねぇ。」
「マジ?ハハハッ。傑作だな。えっと、あなた名前は?」
「大野・・・」
「おーのさん。グラス空っぽですよ。」
「あっ、マスター、お代わり!」
「騙される俺も悪いんだけどね。」
「何でそれがホテルのスィートと関係あんだ?」
「フフフッ、類稀なる天然記念物に遭遇しちゃったな。」
「はぁっ?」
「おーのさん、耳貸して。」
「えっ」
そう言って俺の耳元に左手を添えて内緒話するみたいにコソコソと小声で囁いた。
「あのね・・・あいつ、俺の身体が目当てだったんだ。」
俺はビックリして彼の顔を凝視した。彼は特に表情も変えずに、平然とそんな事を言った後、ニッコリと俺に向かって微笑んで見せた。
「か、身体って///」
「しぃっ・・・声がデカいよ。」
そう言って慌てて笑いながら右手で俺の口を塞いだ。
「だっ、だって君は男じゃん。」
コイツ、俺のことおちょくってんのか?
「そうだよ。一応俺にもあなたと同じもの着いてると思うけど。」
「それならどうして?」
「だから、俺もあんなオッサン嫌だから断ったんだ。そしたら、この話は無かったことにするとか言い出すから・・・」
「一発殴んないと気が済まなかったってわけか。」
「そう。」
「ひでえ男だな。」
「まあ、女の子とかじゃ確かによくある話なんだけどね。グラビアとかモデルスカウトを装って悪さするって聞いたことあるけど、まさか男にもあるとはね。ショックだよ。」
「あんまり他人を信用すると酷い目にあうぞ。」
「分かってるよ。」
「ギターやってるんだ?」
「えっ?あ、うん。一応ね。シンガーソングライターやってるの。」
「それって自分で曲書いたりしてるの?」
「うん、そうだけど。」
「すげえな。1曲何か歌ってよ。」
「ええっ?今ここで?」
「そう・・・」
「無理だよ。今日はギターも持ってきて無いし。」
「えーっ、聞きたいなぁ。」
「また何処かで偶然会えたらね。」
「何だよ、それ。」
結局、その後1時間ほど一緒に飲んだのだけど、お陰で奈緒ちゃんからの告白の事はすっかり忘れて、俺は彼の名前も聞かずにほろ酔い気分になって帰宅してしまった。
つづく