この指とまれ
第28話
そんな事があってからニノはまだ怒ってるのか?元気が無くて
あれから全くと言ってもいいくらい俺の前で笑わなくなってた。
仕事以外の話も自分からは殆どしない。
俺の方から話し掛けると返事はするけど会話は直ぐに途絶える感じ。
なるべく意識せずに普通に話し掛けてるつもりなんだけど
きっとまだ色々と誤解が解けてないから、そうなってしまうのも無理はない。
あんなに仲良くやってただけに、今のこの現状は正直キツイ。
そうこうしているうちに、週末がやって来た。
ニノは就業時間を過ぎると、松本君ら仲良しの数人で
そのまんま合コンへと繰り出していった。
「大野さん、今夜一緒に飲みに行きませんか?」
「あ、ゴメン。今日は真っ直ぐ帰るよ。なんかここんとこ体調あんま良くなくてさ。」
「ええっ?大丈夫ですか?僕、送って行きましょうか?」
「ううん。大丈夫。」
「送りますよ。遠慮なんてしないで下さい。」
「遠慮じゃ無いんだ。本当に・・・」
「そ、そうですか?ホント、無理はしないで下さいよ?」
「うん、ありがとう。」
風磨のには本当に悪いと思ってるけど、どんなに考えても
あいつのことは仕事仲間以外には何の感情も生まれない。
簡単に誘いに乗っても勘違いさせるだけ。
あいつの事を傷付けちゃいそうで、俺はつい体調悪いなんて嘘をついてしまった。
そういえばあれからニノは一緒に帰ろうと誘ってもくれなくなった。
よっぽど俺は嫌われてしまったらしい。
何だか真っ直ぐそのまま帰る気にもなれなくて
翔ちゃんを誘って飲みにでも行こうかと思ったけど
今日は翔ちゃんは営業で千葉まで行ってて帰りは遅くなるらしい。
仕方なく、何時もの電車に乗って家路を辿った。
最寄りの駅に着いて、改札を抜けて夕飯の食材でも買おうと思い
駅前のスーパーに寄った。
カートの上に買い物かごを乗せて店内を歩き回っていると
精肉売り場の辺りから、俺を目掛けて小さい男の子が全力で走って来た。
「おいたん!」
「えっ?カズ君?どうしたの?お買い物?」
俺はカズ君をひょいっと抱き上げた。
そしたら直ぐ後からおばあちゃんがやって来て、俺に会釈した。
「あらあら、カズったらもう・・・すみませんね。」
「あ、いえ・・・」
「え?あ、あなた確か公園の?」
「あ、はい。」
「まぁ、やっぱり。ってことは、うちの和也の会社の方ですよね?」
「え、ええ。」
「和からちょっとだけお話は聞いてます。いつもお世話になってます。」
「いやぁ、こちらこそ。」
「今お仕事帰り?」
「ええ、そうです。」
「今日、うちの子は飲み会って言ってたけど、あなたは違うんですね?」
「えっ?あっ・・・ぼ、僕は違います。」
「そうなのね。あの、大野さん・・・でしたっけ?」
「は、はい。」
「よかったら、家で夕飯食べて行かれません?」
「ええっ?で、でも・・・」
「大したご馳走は出来ないけどかずゆきも喜びますから。」
「いや、でも・・・二宮君にも何も言ってませんし・・・」
「あの子の事はいいのよ。子供ほったらかして遊び惚けてるんだもの。
あ、それとも彼女さんとかがいらっしゃってお食事の準備されてるとかかしら?」
「んふふっ。残念ながらそういう相手が居ないもので。」
「そう?それじゃ、是非いらして下さいな。」
そうか・・・今夜は合コンだなんてお母さんには流石に言えないよな。
カズ君を一人に出来ないからお母さんに来て貰ってるんだ。
ニノのお母さんの折角のご厚意を断る事も出来ず、
俺はそう言った流れでニノ不在中に彼の自宅にお邪魔することになってしまった。
あれだけ嫌われてしまってたから、もう家になんて上がる事は二度とないかもって思ってたし
何よりカズ君にまた会えたことが俺は本当に嬉しかった。
ニノのお母さんが手料理を振舞ってくれてる間、俺はカズ君と遊んであげた。
「かずゆきは大野さんがよっぽど好きなのね。最初公園でお会いした時も
直ぐに懐いてて驚いたけど。」
「おいらが子供みたいだからかな?」
「ウフフッ、そーんなことないでしょう?あ、お待たせ。
お口に合うか分からないけど、息子とかずゆきの大好物のハンバーグなの。
遠慮なく召し上がって。」
「うわぁ、美味しそう。すみません、それじゃ頂きまーす。」
お母さんは俺にビールも勧めてくれたけど、流石にそれは断った。
俺とカズ君が食べてる横で、ニノのお母さんはボソリと呟くように語り始めた。
「本当はねぇ、私は離婚には反対したのよ・・・」
「えっ?」
「聞いていらっしゃるでしょ?この子の母親の事・・・」
「あ・・・いや。ニノが離婚してる事は知ってますけど。」
「あら、あの子話してないんだ?離婚した理由。」
「え、ええ。そこまでは流石に・・・」
「浮気してたのよ。」
「え?に、ニノが?」
「まさかぁ。相手がよ。あっ、これは私から聞いて無いことにしてね。」
「も、勿論・・・」
「しかもね、その浮気相手は前勤めてた会社の上司でね・・・
うちの子は何も悪くないのに、結果的に会社に居れなくなっちゃってね。」
「そ、それ本当ですか?」
「酷い話でしょ。ようやく裁判は終わって親権も奪われずに済んだけど
色々と心労が続いてたから心配だったんだけどね、新しい会社も決まって
あの子も随分落ち着いてきたから私もホッとしてるんですよ。」
ニノがまさかそんな大変な過去を抱えてたとは全然知らなかった。
突然聞かされた衝撃の過去に俺は言葉を失った。
つづく