この指とまれ
第41話
「あ、もしもし?大野さん?」
「あっ、どうだった?」
「ちょ、ちょっとマズいよ。」
「え?何が?」
「いいから、あなた見積書取って来るとかなんとか行って
外に出てよ。」
「ええ?今から?」
「いいから、ニノがそっちに戻らないうちに出て。
駅前のカフェで待ってて。俺も直ぐに向かうから。」
「わ、分かった。」
何がマズいのか全然話が見えないけど
もしかすると芝居がバレちゃったとかかな?
とりあえず、俺は近くで仕事してた相葉君に声を掛けてデスクを離れた。
そして翔ちゃんから言われた通り、駅前のカフェに向かった。
それから10分位して翔ちゃんがその待ち合わせのカフェに現れた。
店の入り口でキョロキョロして俺を探してる翔ちゃんに
俺は奥の席から立ち上がって小さく手を振った。
「ゴメン、お待たせ。」
「ううん、で?どうだったの?」
「う、うん、待って。それ今から説明するよ。」
翔ちゃんは走ってここまで来たらしく、まだちょっと息が上がってて
とりあえず、カウンターにコーヒーを買いに行った。
席に戻って来た翔ちゃんは、買って来たアイスコーヒーをの半量程を
一気に飲むと、フゥーッと大きく息を吐いた。
「大野さん、それがさ、ちょっと話が大きく軌道を外れてしまったのよ。」
「え?どういうこと?」
「うん・・・でもね、俺が感じた事を単刀直入に言わせて貰うと、
あなた、まだ脈ありですよ。」
「えっ?」
「うん、間違いないよ。」
「でも軌道を外れたってのは?マズいって何が?」
「ニノが突然あなたの話をする前に会社を辞めると言い出したんだよ。」
「ええええっ?な、何で?」
「俺も驚いたよ。何でかと尋ねたら、ここの仕事が合ってないとか言ってたけど
それは多分そういう事じゃないと俺は思う。」
「待ってよ。それで翔ちゃんは勿論引き留めたんだよね?」
「それは勿論。でも、彼の中では恐らくもう辞める気で居ると思う。」
「そ、そんな。ニノにはカズ君だって居るのに。この不景気にそう簡単に
中途採用雇ってくれる会社とか有るかも分かんないんだよ?」
「俺もそれは言ったんだけどね。ただ、俺さっきも言ったけど
どうもこの原因はあなたなんじゃないかと思うんだ。」
「え?おいら?」
「そう。ニノは今あなたが教育係でピッタリペア組んで仕事して貰ってるじゃない。
あなたが俺と付き合う事でそれが辛くなると思ったんじゃないのかな?」
「だって、ニノにも好きな人出来たって・・・」
「それって誰か言わなかったでしょ?」
「う、うん。内緒だって言われた。」
「ほら、やっぱりそうだよ。」
「え?」
「多分それって大野さんのことじゃない?」
「そ、そうなの?」
「いや、100%そうかと言われると自信ないけど。」
「翔ちゃんの事については何か言ってた?」
「あー、ちゃんとあなたから言われた通り、俺にあなたの想いを伝えてきた。
俺はシナリオ通り無理だってハッキリ断ったから、多分ニノの方から
追々その事は伝えて来ると思うよ。」
「どんなリアクションだった?」
「淡々としてた・・・かな。」
「淡々と・・・」
「あんまり表情に出ない様にあえてそうしてたのかもね。
しかしまさか仕事辞める話をして来るとは思ってもみなかったからさ
俺もそれが無かったらもっと彼の動揺とか見逃さなかったのかも知んないけど
どっちかと言えば俺の方が動揺しちゃってさぁ・・・」
「そっか。そりゃそうなるよね。それにしてもこれからおいらどうしよ?」
「もう悩んでる場合じゃなくね?彼は仕事辞めたいと思うくらい
あなたのことで胸を痛めてるかもしれないんだよ。」
「えええ?でもそれ翔ちゃんの勘違いかもしんないじゃん。」
「うん、でも逆も考えられるよ。勘違いなんかじゃないかも知れない。
だとしたら、ニノは騙してた事ですら許してくれると思うけどな。」
「もう本当の事話すってこと?」
「こうなったらイチかバチかですよ、大野さん。」
「う、うん・・・」
「さ、もう俺は戻らなきゃ。あ、そうそう!それから大事な話あるんだった。」
「え?まだ何かあんの?」
「違う違う、もうニノの話は終わりだよ。そうじゃなくて、
この前から話してた新しい事業の事なんだけど、大野さんに
そっちの代表として働いて貰いたいって思ってて・・・」
「は?」
「またその話は後日ゆっくり説明するから・・・」
「いやっ、おいら代表とか無理だって。」
「大野さん?」
「な、何?」
「あなた、これから二人も扶養していかなきゃなんないかも知れないんだよ?
無理とか出来ないとか言ってる場合じゃないでしょ。」
「しょ、翔ちゃん・・・」
ニノの事といい、翔ちゃんの新事業の提案といい、
俺の頭では一度には無理だって。
だけど、どちらも時間は待ってくれなくて、
俺はとりあえずニノにもう一度アタックしてみようと覚悟を決めた。
つづく