この指とまれ
第42話
それから俺達は会社の人間にバレないようにそれぞれ時間を
ちょっとずつずらして会社に戻った。
自分のデスクに戻ると、ニノも俺の隣のデスクでパソコンと向き合って仕事をしてた。
「お帰り、おおちゃん。早かったね?」
真っ先に相葉ちゃんが俺に気付いて声を掛けてきた。
「え?あ、うん、ただいま。」
「はい、これ来週の出張先のスケジュールね。」
「え?あ、もう来週かぁ。忘れてたわ。」
「宿泊先とかもそこに記載してあるから事前にチェックしておいてね。」
「あ、うん。何時もありがとね。」
「今度名古屋だから日帰りも出来るんだけど、代表がね、
それじゃあ早朝に出発で帰りも遅くなるから可哀想だって、
泊まりにしてあげようって。優しいよねぇ。」
「しょ、翔ちゃんが?」
「きっとおおちゃんくらいだよ?特別待遇は。」
「そ、そんなことないだろう・・・」
今ここで翔ちゃんの話はマズいんだけどな・・・
俺はニノの方にチラリと目をやった。
「お帰りなさい。」
「た、ただいま。」
「珍しいですね?あなたが見積書を自分で取りに行くなんて。業者発注の分ですか?」
「そ、そう?あ、ニノが丁度居なかったからだよ。
ニノが居たらニノに頼んでたかも・・・」
ニノはなかなか勘が鋭いから、俺の嘘がバレちゃうんじゃないかって
ちょっと焦ってしまった。
本当は何もかも洗いざらい本当の事を話さないといけないって思ってはみたものの
やっぱりいかなる理由が有ったにせよ、騙すって行為は卑怯だと思う。
自分だけの事ならまだしも、翔ちゃんまで悪者にしてしまう。
いっそのことこのまま嘘を付きとおす方が良いのではないか?
どうせ、シナリオでは俺は翔ちゃんからキッパリ断られるわけだし。
そして、それをいつニノの言葉で俺に伝えて来るのか・・・
「大野さん・・・」
「ん?な、何?」
「例の代表の事なんですけど・・・」
ニノが俺の耳元に近付き、周りの目を気にしながらコソコソと
囁くようなボリュームで話し掛けてきた。
「えっ?あっ・・・」
「とりあえず仕事終わってからお話しますね。」
「う、うん。」
「良かったら、今日は俺の車で送ります。その方が話し易いでしょ?」
「あ、うん、確かに。」
そう来たかぁ・・・車でね。うん、確かにその方がコソコソしなくて済む。
それにしてもニノは至って何時もと変わらない。
まるで何事も有りませんでしたっていうくらい平然と仕事してる。
どっちかというと、俺の方が浮ついちゃってる感じはある。
何で突然会社辞めようと思ったのか聞いてみたい。
でも、それを聞いたら俺が裏で翔ちゃんから話を聞いてる事がバレちゃうし
俺の口からはその話に触れる事は出来ない。
「ニノ、あのさ・・・」
「はい?」
「え・・・あっ、いや、出張で使う資料をまた出しておこうか。」
「あぁ、そうですね。俺やっときます。」
「う、うん。宜しくね。」
来週の出張には行く気は有るんだ。良かった・・・
なんだか突然俺の前から居なくなっちゃいそうで堪らなく不安になった。
まだ翔ちゃんも退職届を受理した訳じゃ無いみたいだから
とにかくなるべく早いうちに何とかしなきゃ。
「大野さん?大野さん、聞いてます?」
「はっ?えっ?」
「今度のブライダル、依頼主が会場の装飾にバルーンアートご希望らしいけど
発注通ってませんよ?」
「え?そ、そうなの?」
「今から発注で間に合うんですかね?」
「あ、相葉君に聞いてみる。」
俺は慌てて相葉ちゃんのデスクに駆け寄り、発注が間に合うか確認して貰った。
「おおちゃん、駄目だって。何時も依頼してる業者が別件と重なってて
大量に風船使うから間に合わないらしいよ。」
「ま、マジで?どうしよう・・・」
「ちょっと他の業者も当たってみるから待ってて。」
「うん、ゴメンね。おいらがうっかりしてたから・・・」
ここんとこ、ニノの事とかで頭が一杯で仕事が疎かになってしまってた。
資料に目を通して、発注指示を出すのは俺の仕事だった。
依頼主の結婚式はおよそ2か月後。
請負い業者が見つかれば何も問題はないけれど、
こんな凡ミスを冒したのは初めての事だった。
「相葉ちゃん、どうだった?」
「うん、最悪。この日さ、どうやらバルーンアートフェスティバルってのが
東京で開催されるらしいんだよ。それと被ってるから何処も手一杯らしくて
今業者5件当たってみたけど全滅なんだよね・・・」
「えええっ?どうしよう・・・」
「どうしてもバルーンアートじゃなきゃ駄目なんですか?」
ニノが心配そうに後から声を掛けてきた。
「花嫁さんのご意向だから・・・」
「ふうん・・・拘りってヤツですね?」
「もし業者見つかんなかったらどうしよう・・・」
「我々で準備するしかないでしょうね・・・」
「ええっ?」
「風船沢山膨らませて飾ればいいんでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど。」
「材料と道具、幾らくらいで揃うか・・・俺、見積もり取りましょうか?」
「そ、そうだな・・・お願いしていい?」
「了解です。」
狼狽えてる俺とは正反対に落ち着いているニノ。
ニノは早速自分のデスクに戻ると速やかにパソコンに向かい
資材の業者を探して予算の見積書の制作に取り掛かった。
つづく