この指とまれ
第5話
「風磨、悪りぃけど予算の見積もり書コピーしといてくれるか?」
「・・・」
「風磨?」
「・・・」
「き、菊池君?」
「すみませんけど!!僕も色々と他にやらなきゃなんないんで・・・
コピーくらいなら二宮さんにお願いしたらどうですか?」
「え?あ・・・そ、そうだな。す、すまん。」
出張の話し合いが終わってから、風磨のご機嫌がめっちゃ悪くなった。
呼び掛けてもなかなか返事をしないし、普段は凄く愛嬌良くって
こちらからお願いしなくても俺の手伝いは自発的にしてくれてたんだけど・・・
「あーあ。おおちゃんも男心が分かってないねえ。イヒヒヒヒ・・・」
参ったなって頭を掻いてた後ろから相葉君の声がした。
「な、何よ?男心って・・・」
「風磨はおおちゃんの事が好きなんだよ。」
「へっ?」
「まぁおおちゃんは昔っからその辺鈍い人そうだから気付いて無いのかも知んないけどね。」
「す、好きって・・・おいらも風磨も男じゃん。」
「ね、知ってた?風磨はね、おおちゃんと仕事がしたくて別のイベント班だったのに
代表に直談判してうちらのチームに入れて貰ったんだよ。」
「う、嘘?そうなの?」
「多分知らないのはおおちゃんだけだよ。」
「ええええっ?何だよソレ!」
「風磨のヤツさ、多分一緒に宮古島行けると思ってたんだよ。
その役回りを新人君に取られちゃったもんだからヤキモチ妬いてるんだよ。」
「いやいやいや・・・ちょ、待ってよ。」
「告られるのも時間の問題かもよ。覚悟しときなよ。はい、見積書のコピー。」
「えっ・・・おっ、サンキュー。っていうか悪い冗談はやめてよ。
おいらそっちの趣味とか全然無いし。」
「おおちゃんが何時までも独身で彼女も作んないからいけないんだよ?
そっちの趣味あると思われても仕方ないんじゃない?」
「な、なんでだよ?それとこれとは話が別だろうよ。」
「好きになったら男も女も関係無いと思うけど。一度真面目に考えてあげたら?
風磨は悪い子じゃないし、可愛いからお薦め物件だと思うよ。」
「ちょっと、ふざけないでよぉ。」
「はははっ、それは冗談だけど。とにかく彼今ナーバスになってるから
仕事で頼み事有るときは俺か風間に声かけてよ。」
「う、うん。」
相葉君の話がどこまで本当なのかは微妙なんだけど
そんなことを言われたら、どうにも風磨の視線が気になって仕方ない。
時々風磨の方を見たら、やたら彼と目が合ってしまう。
ってことは、あいつはかなりの確率で俺の事を見てるってことか。
「マジか・・・参ったなぁ・・・」
「どうかしました?」
「あ、二宮君・・・いや、何でもないんだ。」
「明後日の出張で必要な物とかあれば、僕が準備しましょうか?」
「えっと、そうだなぁ・・・とりあえず二日分の着替えとかくらいかな。」
「は?」
「えっ?」
二宮君は俺の言葉に一瞬目を丸くした後、口元を手で覆ってクスクスと可愛く笑い出した。
「あ、いえ・・・フフフッ・・・その、そっちの準備とかの話じゃ無くて・・・
小学生の修学旅行じゃないんだから・・・フフフッ・・・」
「はっ、あっ///そりゃそうだ。ゴメンゴメン、おいら何言ってんだ?」
「現地の資料とか見積書とか・・・そういう必要な書類が有りますよね?」
「そ、そうだよ。現地の資料は確かに必要だよ。」
「そこのパソコンお借りしますね。あ、IDパスワードを聞いても良いですか?」
「おおっ、そうだった。まずは君のIDとパスワードの設定しなきゃね。」
彼のデスクの横に腰掛けて、デスクトップのパソコンを開き
社内のサイトにログインする為のIDパスワード設定を説明した。
彼はパソコンには慣れてるみたいで、全くといっていいほどキーボードを見ずに
サラサラと設定入力を進めた。
広告代理店の仕事してたんだから、そのくらい慣れたものなんだろう。
それにしても、俺の説明なんて殆ど要らない。
そっから勝手にログインして、自分でサイトマップ使ってうちらの企画書まで辿り着いた。
「へぇ・・・たいしたもんだな・・・」
「え?このくらい誰でも出来るでしょ?」
「おいらは機械てんで苦手だから。」
「いまどきこれくらい出来なければ仕事にはなりませんよ。」
「そうなんだよねぇ。だから翔ちゃんいつもおいらにはアシスタント付けてくれるのよ。」
「あぁ・・・翔ちゃんって代表の事ですね?」
「そう。」
「僕に出来る事は何でも申し付けて下さい。この程度の事ならお安い御用なんで。」
「ホント?助かるよ。」
「あ、大野さんって電車通勤?」
「え?うん・・・そうだけど。」
「帰り、良かったら僕の車で送りますよ。」
「えっ?」
「公園の近くですよね?同じ方向だし、俺はマイカーなんで。」
「そ、そっか。そりゃ有難いわ。」
そんな話してたら、数メートル離れた席で仕事してた風磨の視線をまたもや感じた。
「つ、疲れる・・・」
「えっ?」
「あ、いや、すまん。こっちの話。」
俺の独り言に二宮君がすかさず反応して俺の顔を覗き込んだから
俺は慌てて何事も無かったかのように振舞った。
つづく