この指とまれ
第82話
side nino
新事業所の開業パーティーで和やかな雰囲気を久々に味わった俺は
関連会社への挨拶回りや明日からの仕事の段取りで
バタバタしていた智とは、殆ど会話を交わす事なく
夕方の就業時間を迎え、ようやく帰宅することになった。
「ゴメンな、ほったらかしにしちゃって・・・」
「ううん、お陰で凄く楽しかったですよ。久し振りにスタッフの皆さんと
色んな話も出来たし、和幸は相葉さんとかが遊んでくれて全然退屈とか
しなかったし・・・」
「そっかぁ。良かったな。」
「あなたはパーティどころじゃなかったですね。」
「うん、もう明日から早速普通に仕事だしさ。」
「代表、今から車を回してきますので出口で待ってて下さい。」
「おっ、悪いな。」
知念もすっかり智の秘書が板に着いて来てる感じだ。
そりゃあ、多少心配ではあるけれど、仕事なんだから
こればかりは割り切るしかない。
「お待たせしました。・・・あの?一つお聞きしてもいいですか?」
「え?俺?」
「はい。」
車に乗り込もうとしたら、知念が俺に質問を投げかけてきた。
「な、何?」
「あ、いえ、僕はあなたのことを何とお呼びしたらいいでしょうか?」
「はっ?」
「日本に居る時は二宮さんとお呼びしてましたけど、結婚なさってるわけだから
二宮さんは違うでしょうし、だからと言って奥様は男性だから違うかなって・・・」
「え?何でも好きに呼んで構わないよ。」
「そうですか?・・・それじゃ、奥様で・・・」
奥さんか・・・
ま、俺は確かに男だけど仕事辞めて専業の主夫なわけだし、
呼び方なんて何でも構わないけどね。
だけど、彼からはそう呼ばれた方が何か安心感は有るのは確かだ。
智には家庭があるって認識して接してくれてるって事だから・・・
「奥さん?何処か買い物とか途中で寄らなくても大丈夫ですか?」
「え?あ~、そうだなぁ、もう今日は夕飯作るの面倒だから
外に食べに行くからいいや。」
「あ、もし宜しければ今夜うちに来られませんか?」
「え?」
「昨日知り合いから大量にお肉貰ったんですよ。
良かったら僕料理するんで、皆さんでいらして下さい。」
「おぉ、マジか?そりゃ助かるな。」
「で、でも・・・いいの?」
「お肉を別けて差し上げてもいいんですけど、それだと
奥さんが料理しなきゃならないから、面倒かなって・・・」
「お言葉に甘えようよ。ニノも助かるでしょ?」
「う、うん・・・」
そういう成り行きで俺達は知念の言葉に甘えて
夕飯を振舞って貰う事になったんだけど・・・
これが実はちょっとしたトラブルを招くことになるんだけど・・・
俺達は一度自宅に戻り、風呂を済ませて1時間位してから
下の階に在る知念の自宅にお邪魔した。
「お邪魔しまーす。」
「どうぞ、食事の準備出来てますよ。」
「ええ?はやっ・・・」
部屋の中に案内されると、俺達はその驚きの光景に目を疑った。
だって何処かのレストランのフルコースでも食べに来たみたいに
恐ろしくバッチリとテーブルコーディネイトされている。
ランチョンマットの上にフォークやナイフ、スプーンが
規則正しく並んでて、テーブルのセンターには
ハワイ感たっぷりのトロピカルなお花まで飾られてあった。
「な、なんかすげえな・・・」
智もその完璧すぎるセッティングに目を丸くして椅子に腰掛けた。
「はい、カズちゃんはこれね。」
和幸の目の前に、知念がワンプレートの料理を置いた。
それはまるでお子様ランチの様な心配り。
和幸も大喜びでスプーンを握った。
「うわぁ・・・」
「こ、これって帰ってから作ったの?」
「そうですけど。」
「す、凄いな・・・」
「お二人はワイン飲まれますか?」
「え?ワインとかも有るの?」
「はい。遠慮しないで下さいね。」
そしてミディアムボディの赤ワインを開栓すると
俺と智の目の前に置かれたワイングラスにそれをゆっくりと注いだ。
「それじゃ、今からお二人にも料理をお持ちしますね。」
そう言って知念は嬉しそうにキッチンに去って行った。
その後直ぐに俺は小声で智に話し掛けた。
「な、なんか本格的過ぎて引くんだけど・・・」
「そういうこと言っちゃ駄目だって。せっかく知念が振舞ってくれてんだから。」
「そ、そりゃそうですけど・・・」
そして数分後、知念がキッチンからワゴンを押して戻って来た。
「お待たせしました。それじゃ、並べさせて貰いますね。」
「あ、俺手伝うよ?」
「いえ、奥さんはお座りください。」
「でも・・・」
「一応僕の拘りが有るんで、座ってて下さい。」
気持ち悪っ・・・何?こいつの拘りって?
でもそこまで言われたら手伝う事も出来ないから
黙って見てるしかないんだけど。
そして、次々にワゴンからプレートの料理が並べられた。
「美味そうだなぁ。知念君って、料理が趣味なの?」
「ええ。俺フレンチのシェフになりたくて一時期は
料理の専門学校に通ってたんです。」
「それでか・・・」
「どうりで本格的だと思った。」
「さぁ、どうぞ。遠慮なく召し上がって下さい。」
「それじゃ、頂きまーす。」
「頂きます・・・あぁっ、うめえっ。」
「代表のお口に合いますか?」
「合うも何も・・・すげえ美味いよ。」
「良かったぁ。」
「知念君は食べないの?」
「僕は後で頂きます。」
「一緒に食べようよ。」
「いえ、僕は本当に後でゆっくり頂きますので・・・」
見た目も抜群だけど、味付けも本当にプロなんじゃないのかってくらい
それは確かに相当な腕前だった。
「いやぁ、マジで美味いわ。知念はおいらの秘書なんかするより
よっぽどこっちを本業にした方が良くない?」
「そんなに褒めて頂けて嬉しいです。」
「だって本当に美味いんだもん。なあ?ニノ。」
「う、うん・・・めちゃめちゃ美味しい。」
「ニノも時間有る時、知念に料理とか習ったら?」
「は?」
それは別の意味で言えば俺の作った飯は不味いと言ってるのと
変わらないってこと、この人分かってんのかな?
つづく