この指とまれ
第84話
「ぱぱぁ、ぱあぱ!」
「んんっ・・・?ハッ?え?」
翌朝、カズ君の声で目が覚めた俺達は、完全に寝坊してることに
この時ようやく気が付いた。
「ぱぱぁ、かじゅおなかしゅいた。」
「わっ!大変!もうこんな時間?」
「え?何時だ?・・・うわっ、8時じゃん!ヤバッ!」
「もうお迎え間に合わないよ。知念君に電話して。
今日は俺が会社まで送るよ。」
「う、うん。すまない。」
「っていうか、かずゆき?何で裸ん坊なの?おねしょ?」
「かじゅおねしょしてないよ。パパといっしょらもん。」
「あ///」
決して俺達は裸族というわけじゃない。
カズ君はベッドで裸のまま寝てる俺らの真似をしてるつもりなんだろう。
ニノは真っ赤になってシーツで身体を隠し、真っ裸のカズ君を追い掛ける。
「こら、ちゃんと服着なさい。」
夕べ、知念の事があったから、いつもより燃え上がっちゃったもんな。
まあ、それにしても教育には良くないよな。
もしもこんなことがニノのおばさんにばれたりしたら
きっと大目玉食らうんだろうな。
俺は頭を掻きながら知念に電話を掛けた。
「あ、もしもし?おはよう。俺だけど・・・昨日はご馳走様でした。
悪いけど、今日は先に会社行っといてくれるかな?
ちょっと寝坊しちゃってさ・・・」
ギリギリ知念への電話は間に合って
俺はそのままバスルームに向かいシャワーを浴びた。
「ニノ、今日はもう朝食はいいや。」
「ゴメンね。目覚まし鳴ってたのに気付かないなんて・・・」
「気にしないでいいよ。おいらも全然気付かなかったんだからさ。」
「もう二度とこんなことにならないように気を付けます。」
「んふふ・・・いいってば。」
昨日の料理の件にしても、今日の寝坊のことにしても
どうもニノは専業主夫という立場を必要以上に
プレッシャーに感じてるんじゃないかって思う節がある。
俺は完璧なんて求めちゃいないのに・・・
「ニノ?あのさ・・・」
「はい?」
「そんなに完璧にやんなくていいからね?」
「え?」
「家事だよ。」
「どうして?」
「ニノは一緒に居てくれるだけでおいらは幸せなんだから。」
「べつに完璧目指してる訳じゃ無いですよ。
でもさ、旦那さんを遅刻させて平気で居る嫁さんって
普通に考えても最低最悪でしょ。俺自身がそういうの嫌なんで。」
厳しいな・・・
元々そんなに自分に厳しいのか?
もしかすると、前の嫁さんにもそんなに厳しかったから
不仲になったのかな?
それは幾ら何でも余計なお世話だろうからここでは言わないけど。
その後俺はニノに会社まで車で送ってもらい
なんとかギリギリ遅刻は免れた。
「あ、代表、おはようございます。」
「おはよう。今朝はすまなかったな。」
会社に出社すると、俺の部屋に知念がやってきて
早速コーヒーを淹れてくれた。
「お、ありがとう。今朝はコーヒーも飲む暇がなかったから助かるよ。」
「寝坊ですか?」
「うん、参ったよ。アラームに全然気付かなくって。」
「これからは僕がモーニングコールしましょうか?」
「ええっ?だ、大丈夫だよ。」
「そうですか?遠慮されなくていいんですよ?」
「いくらなんでもそんなことまで頼めないよ。」
「奥さんも朝は弱いんですか?」
「え?あ・・・ううん。そういうんじゃないんだ。」
「それでは早速ですが本日のスケジュールです・・・」
「あ、うん・・・」
知念は料理の腕前はプロ並み。
だけど、秘書の仕事も完璧過ぎるってくらい完璧だ。
俺は元々代表って器じゃない。
日本に居た時みたいに、会場の視察や企画の段取りに携わっていた方が
どちらかといえば仕事としての遣り甲斐はあった。
英語が得意でない俺としては、知念が居なければ
どうにもなんないから、やはりどうしても一日中彼と居る時間が
長くなるのは仕方ないけど、ニノの気持ちを考えると
一日も早く自分も翔ちゃんみたいに自立したい気持ちはある。
「知念君、あのさ・・・」
「はい。」
「おいらに英会話を教えてはくれないかな?」
「え?あ・・・そうですね。代表もある程度の英語は身に付けられた方が
ご自身の為ですもんね。」
「仕事の合間とかで何とかなる?」
「そうですねぇ・・・」
知念は顎に手を当てて何やら考え始めた。
「先ずは日常会話から覚えて行く方が良いですよ。
ビジネス用語は難しいと思いますから・・・」
「だよなぁ・・・」
「普通にお休みの日とかに何処かへお出掛けして
実践で覚えた方が早いと思いますよ。」
「おおっ、それもそうだな。」
「次のお休み、半日くらいなら付き合いますよ?」
「ホント?」
「ええ。」
まともに話せばニノがまた心配するといけないから、
ここは知念と出掛ける事は内緒にしておこうと思った。
純粋に英会話を勉強するだけの事だし、
半日くらいなら、何とでも誤魔化せるだろう、
くらいに俺は思ってしまった。
つづく