この指とまれ 1

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この指とまれ

第1話

 

 

 

「ちょれっ、ぽちぃ・・・」
「ええっ?」
「ちょれ・・・かじゅ、ぽちぃ。」

新緑が芽生えた5月の祝日の昼下がり。
俺は自宅からそう遠くない公園に出掛け、独りベンチに腰掛けてスケッチブックを広げ、そこから見える風景画を描いていた。
その子は2歳位だろうか?
何処からともなく現れたその天使は、ひょこひょこと俺の傍までやって来て、
無邪気に俺のスケッチブックに身を乗り出して覗き込んだ。

「えっ・・・ぼく、お母さんは?」
「ちょれ、ぽちぃ!」
「ええっ?これ?」

その子が指差して必死に俺に欲しいと訴えたのは、ベンチの上に置いてた色鉛筆だった。

「あっ、これかぁ・・・これが欲しいの?」
「ん、ぽちぃの。」
「困ったなぁ。これおじちゃんが大事にしてる画材道具だから、これが無いと絵が描けないんだよね。」

そう言うと、その子は急に涙目になって大きな瞳をウルウルに潤ませ

「ヤァだ!ぽちぃの・・・うわぁーん。」

そう言いながら大号泣。

「えっ・・・あっ、ご、ゴメン。分かったよ。分かったから泣くなよ。」

そう言うと、肩をひくひく上下させて泣くのを必死に堪えて見せる。
またそれがなんとも可愛らしい。

「でも全部はマジで困るよ。・・・そうだ、好きな色1本だけあげるよ。どれがいい?」

そう言ってその子の目の前で120色入りの色鉛筆のケースを開いて見せた。
そしたら、その子は青い色鉛筆を小さな手で指差した。

「おお、これか?よし、これあげるよ。」

俺はその子にその青の色鉛筆を取って手渡すと、その子はその色鉛筆を握り締めて暫くじっとそれを見つめ
その後、俺に満面の笑みを見せた。

「んふふふ・・・可愛いなぁ、お前。」

俺はその子の頭を優しく撫でた。

「こーら、カズ!ばあちゃんの傍から離れちゃ駄目だって言ってるでしょ!」

その子のおばあちゃんらしき人がその子を見付けて慌ててこっちに走って来た。

「すみません、ちょっと目を離した隙に・・・」
「あ、いえ・・・」
「あら?何?その色鉛筆!ほら、お兄ちゃんの大事な物でしょ?返しなさい。」
「ヤァだ。」
「ダメだったら!色鉛筆ならお家にも有るでしょ?」
「ヤァ!」
「カズ!」
「あっ、あの、それ僕があげたんです。気になさらないで下さい。」
「ええっ?でもぉ・・・」
「ホント、気にしないで下さい。」
「そ、そうですか?何だかすみません。ほら、カズもありがとうは?」
「あーとぉ・・・」
「んふふ。どういたしまして。またな・・・」

おばあちゃんがその子を抱きかかえると、丁寧にお辞儀をして俺の前を立ち去った。
その子はおばあちゃんの肩越しに俺が見えなくなるまでずっと俺に向かってバイバイと手を振ってる。
俺も笑いながらその子に手を振った。
そして暫く俺はそこで絵を描いていた。
すると、ポケットの中のスマホに着信音が鳴り響いた。

誰だろう?

スマホを取り出して発信元を確認すると、それは親父からだった。

「もしもし?とうちゃん?」
「あっ!智か?大変だ、母さんが!」
「えっ?」
「今救急車で病院に運ばれてる。」
「な、何?母ちゃんどうかしたの?」
「いいから、今直ぐお前も病院へ来なさい。」
「わ、分かった!」

親父からの電話の内容だけだと詳しい事は分からないけど
母さんが救急搬送された事だけは確かで、俺は急いで画材道具を片付けて
タクシーを飛ばして親父から聞いた搬送先の病院へと向かった。
病院に到着して受付で名前を伝えると、母さんは緊急で手術を受けていると言われ
とりあえず俺は親父と姉貴の居る控室に案内された。

「か、母さんは?無事なの?」
「あ、智。」
「一体何が有ったんだよ?」
「まあ、落ち着きなさい。」
「手術って何処が悪いんだよ?」
「急性盲腸炎・・・」

姉貴が低い声でそう言った。

「はっ?」
「盲腸だって。」
「も、盲腸?」
「そう。」
「な、なんだ。それじゃ命に関わる病気じゃ無いんだ?」
「盲腸だって放っておけば命に関わるわよ。」
「そ、そりゃそうだろうけど・・・あぁ、でも深刻な病気で無くて良かったぁ。」
「母さん言ってたよ。」
「え?」
「手術室入る間際にね、あんたの孫の顔見るまでは死ねないって。」

姉貴がニヤニヤ笑いながら俺にそう言った。

「な、何だよそれ?」
「それじゃあ一生死ねないかもよって言っといてあげた。」
「うぅ・・・」
「もうお前もいい年なんだから、いい加減嫁さん探したらどうだ?
誰か良い人いないのか?」
「居たら苦労しないよねぇ?」
「もう、何でこんな時においらの話なんだよ。母ちゃんが死ねないっつってんなら孫なんて居なくて正解じゃん。
 おいら一生結婚なんてしねえから!」

俺はふくれっ面で控室の姉貴の隣に腰を下ろした。
ともあれ、母さんの手術は無事に終わり1週間後には退院も出来た。
自分が思っていたよりも大事には至らなくてとにかくホッとした。

 

 

 

つづく

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投稿者: 蒼ミモザ

妄想小説が好きで自身でも書いています。 アイドルグループ嵐の大宮コンビが特に好きで、二人をモチーフにした 二次小説が中心のお話を書いています。 ブログを始めて7年目。お話を書き始めて約4年。 妄想小説を書くことが日常になってしまったアラフィフライターです。

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