
第2章
急接近①
翌朝、ちょっと飲み過ぎちゃったせいで何時もの時間に起きれなくて寝坊してしまった俺。
「先生、せーんせい、おはようございます。もういい加減に起きて下さい!」
「へっ?あっ・・・えっ?」
俺をゆすり起こしたのは奈緒ちゃんだった。俺はビックリして布団から飛び起きた。
「なっ、何でここに居るの?」
「ええっ?何を寝惚けてるんですか。今何時だと思ってるんです?」
「何時って・・・」
「もう9時ですよ。今日お休みじゃないですよね?」
「うわ、マジか。やっべえ。」
「さっさと着替えてご飯食べて下さいね。あ、そうそう、さっき松本さんからお電話有りました。10時におみえになるそうです。」
「あーっ、いけねえ!忘れてた。今日確か仕事の依頼で潤君に会う約束してたんだ。」
「私、事務所に居ますから、さっさと支度して来てくださいね。」
「わ、分かった。直ぐに行くよ。」
俺は大急ぎで顔を洗い、ぐしゃぐしゃな寝癖を整えて服を着替えて事務所兼、仕事部屋に向かった。
「奈緒ちゃん、ホントごめんね。」
「先生が寝坊するって珍しいですね。あ、随分と早かったけど朝ご飯食べてくれなかったでしょ?」
「う、うん。」
朝ご飯どころじゃないよ。っていうか、奈緒ちゃん昨日のことってまるで何もなかったようにしてるけど、まさか覚えてない?
まあ、覚えてくれてない方が俺はいいんだけど。昨日は俺も色々あったし、奈緒ちゃんのこと考えずにひたすら飲んでたからな。
それにしても、俺の寝室にまで勝手に入って来られるのは流石に困る。
「あ、あのさ・・・」
「先生、昨日は突然あんなこと言って、すみませんでした。」
やっぱり酔ってたから?それならそれで俺も助かるわ。
「ううん、気にしないでよ。」
「そりゃあ、いきなり付き合ってくれって言われても困りますよね。私、これから先生に好きになって貰えるように頑張りますから!」
「ええっ?」
が、頑張る?何なの?その勝手な展開は・・・
「奈緒ちゃん、あのね・・・奈緒ちゃんの気持ちは有難いんだけどさ、俺・・・」
「今直ぐにってことじゃ無いんです。これから先、もしも私にもチャンスが有るなら候補の一人にして貰えればってことで。」
「こ、候補って・・・あ、あのさ・・・そのね、俺実は昨日言わなかったけど、好きな人いるんだよね・・・」
勿論そんなの俺の苦し紛れの作り話だけど。
「嘘?先生昨日はそんな事言わなかったですよ?」
「あ、うん。そうなんだけど、ほら、奈緒ちゃんが俺にそういう感情を抱いてくれてたの知らなかったから。」
「だけど、それって先生が一方的に好きだと思ってるだけで、お付き合いしてるとかじゃないんでしょ?」
「えっ?ん、まあ・・・そうだけど。」
「それじゃあ、まだ先生がフラれる可能性だって有るわけだし・・・」
「いや、あの、奈緒ちゃん?」
「それでも私、諦めません!先生は必ず私に振り向いてくれると信じてますから。」
すげえメンタル強い子だな・・・って感心していたら、約束の時間が来て、潤君が現れた。
「大野さん、おはよー。何?お取込み中?」
「あ、潤君おはよう。いや、どうぞ。入ってよ。」
潤君は、ファッション雑誌の編集部の営業で、俺は毎月そこの雑誌の一部にイラストを依頼されて描いている。
「奈緒ちゃん、悪いけどコーヒー淹れてくれる?」
「はーい。」
「早速仕事の話なんだけどさ、大野さんに担当して貰ってるさ、何時もの掲載分とはまた別口で依頼が来てるんだ。忙しくなるけど大丈夫かな?」
「別口?ファッション誌のmo-moとは別の雑誌ってこと?」
「うん。小説の挿絵をお願いしたくて。」
「小説?」
「うちの姉妹会社で小説を幾つか扱ってるんだよ。それで、作家の先生が是非大野さんに描いて欲しいって要望が有ったらしいのよ。」
「へえ・・・」
「長編連載らしいから、締め切りとか煩くなるけど、引き受けてくれる?」
「そりゃ、勿論有難いよ。」
「助かるわぁ。で、これがその仕事の報酬ね。俺は悪くないと思うけど。」
潤君が手渡した見積書に目を通す。
「おおっ、こんなに貰えるんだ?」
「ね?なかなか良い話でしょ?」
「そんで、何時から?」
「年明け早々に一発目を提出して貰うことになると思う。原稿に沿った感じじゃなきゃダメだからテーマは前以て伝えるから。」
「うん、宜しく頼むよ。」
「それでね、一度作家の先生と顔合わせしといた方がイイと思うんだよ。大野さん、来週1日時間空けてくれるかな?」
「あ、うん。大丈夫だよ。」
「それじゃ、先生と打ち合わせしたらまた連絡するね。」
「うん。」
「コーヒーお持ちしました。」
「あ、悪いね。えっと・・・何ちゃんだったっけ?」
「奈緒です。」
「奈緒さん、すっかり大野さんの奥さんみたい。いっそのこと大野さん、嫁さんに貰っちゃったら?」
「えっ、ちょっ、やめてよ。」
「もう、嫌だぁ、松本さんったら。」
「えっ?まさか図星だったとか?」
「ち、違うよ。」
潤君、何も知らないとはいえ、今のこのタイミングで余計な事言うのはやめてくれ。
つづく