第2章
急接近②
奈緒ちゃんは相変わらず俺の世話をやく。勿論キチンと俺は断ってはいるんだけど、勝手にやりたいからやってるだけって止めようとはしないから、これ以上しつこくも言えなくて、何というか、完全に奈緒ちゃんのペースに巻き込まれてる感じは否めない。
それから次の週の金曜日、俺は潤君から連絡を貰って、新しい依頼主の小説作家さんと顔合わせの意味も兼ねて飲みに行くことになった。
「奈緒ちゃん、昨日も話しておいたけど、おいら今日はこれから出掛けるから、ちょっと早いけど仕事上がってくれていいから。それと、明日から仕事一段落したから火曜日までお休みにするから、次の出勤までゆっくり休んで。」
「ええっ?4日も連休ですか?先生に会いに来ちゃ駄目ですか?」
「あっ、いや・・・俺も色々と用事があってさ・・・悪いけど休みは多分ここに来ても居ないと思うから。」
「そうなんだぁ。」
奈緒ちゃんはちょっと残念そうな顔をしたけど、なんとか了解してくれて、俺はホッとした。幾らんでも休みまでここに来られたんじゃ、休んだ気になんないもんな。それにしても、仕事が増えるんだから、このタイミングでもう一人アシスタントを増やさなきゃ。流石に俺に恋愛感情を抱いてる女の子と二人っきりで何時までも仕事してるのはマズい。
そんなことを考えながら、俺は自宅を出て潤君との待ち合わせの店へと向かった。
店の入り口で名前を伝えると、「どうぞ、こちらです。」と店員が俺を店の個室に案内した。
案内された部屋の扉を開けると、そこには潤君と依頼主の男性が並んで座ってて、俺に気付くと二人は立ち上がって俺を出迎えてくれた。
「お待たせしてすみません。」
「大野さん、こちらが作家の相葉雅紀先生です。」
「初めまして。相葉といいます。この度は僕の依頼を引き受けて下さって有難うございます。」
「あ、初めまして。大野です。こちらこそ有難うございます。」
俺は仕事用の名刺を手渡して挨拶した。
もっと中年のオッサンを想像してたから、意外と若くてビックリした。
「まあまあ、固い挨拶はそのくらいにして、今夜はゆっくり飲みましょうよ。」
和室の個室でテーブルを挟んで座ってるから、なんだかお見合いみたい。
「大野さん、しゃぶしゃぶ頼んだけど、他に何か食べたいの有ったら適当に頼んでいいよ。」
「いや、ここって潤君の御用達のお店だよね?潤君に任せるよ。」
「それじゃ、とりあえず乾杯しましょうか?」
『乾杯~』
俺達はビールのグラスを傾けて乾杯をした。
「あの、相葉さんって、どんなジャンルの小説を書いてるの?」
「色々です。」
「色々?」
「ラブストーリーからSFものも書くし、推理小説やBLも。」
「び、BLって?」
「え?大野さん、BL知らないの?」
潤君が驚いて身を乗り出した。
「し、知らない。ゴメン、勉強不足で・・・」
「いえ、気にしないで下さい。普通はそうですよ。自分の興味あるジャンル以外は読まないでしょうからね。」
「で・・・?ゴメン、BLって何?」
「ボーイズラブだよ。」
「ボーイズ、ラブ?」
「男性同士の恋愛小説です。」
「へ、へえ。そんなジャンルも書いてるんだ?」
「相葉さんの代表作は推理ものだけど、BLは女性読者には圧倒的人気なんだよ。」
「そうなんだぁ。」
「大野さんはなかなかの天然なんだよ。」
「あ、僕もよく天然って言われますよ。僕たち気が合いそうですね。」
「んふふふ・・・」
「相葉さんも俺らと年変わらないんですよ。ほぼほぼ同世代。」
「ところで、おいらのイラストなんかで大丈夫なの?」
「いやいや、もう大野さん以外に考えられないですよ。今度の挿絵は。」
「mo-moの連載ページ見て、一番に大野さんに描いて欲しいって思ったんだよね?」
「そうなんですよ。僕、あの大野さんのイラストが大好きで。」
「嬉しいなぁ。そう言って貰えると。で?その新しい小説はどんな内容なの?」
「BLです。」
「えっ?うそ?」
「本当です。これずっと温めてきたお話なんで、かなりの超大作になると思うんですよね。」
「いやぁ・・・ちょっと、分かんないけど、おいらには無理じゃないかなぁ・・・」
「フフフッ、大野さん、あなたまさか男の裸でも描かされるとでも思ってる?」
「だって潤君、BLってそういう物語なんでしょ?」
「あっ、うひひひひっ・・・ゴメンなさい。僕の説明が足りなくて。」
「ち、違うの?」
「大野さんに描いてもらう挿絵はお部屋だったり風景だったり、人物にしても普通のですよ?」
「ま、マジか・・・」
「もう、そんな卑猥なイラストをあなたに頼むわけがないでしょ。ウケるわぁ。」
潤君の笑いが止まらない。だって、俺の描くイラストはどちらかというとメルヘン要素が多いから、そのジャンルには幾ら何でも合わないと思うのが当然じゃん。
まあ、違うと聞いてホッとしたけど、俺は久々顔から火が出るくらい恥ずかしい思いをした。
つづく