
第2章
急接近⑤
「家は?この近くなの?」
「近くもないかな。あなたは確か三鷹とか言ってたよね?」
「ああ。」
「ご家族も一緒ですか?」
「いや、おいら一人で住んでる。自宅が事務所になってるの。」
「自営業かぁ。若いのに凄いね。」
「若い?おいらニノより3つも上だけど。」
「え?そうなの?」
「んふふ。同じくらいと思った?」
「俺もよく若く見られるけど、あなたも全然年が分かんないね。」
「そうだ。歌、聞かせてくれ。」
「ええ?」
「だってこないだ言ってたじゃん。また偶然でも会えたら歌ってくれるって。」
「そんなこと言いましたっけ?」
「言ったよ。ちゃんと覚えてんだぞ。」
「フフフッ、いいけど今日も俺ギター持ってきてないよ。」
「じゃあ、アカペラで。」
「えーっ、やだよ。」
「そうだ、カラオケ行こうよ。そこで歌ってよ。」
「本気で言ってるの?」
「おいらは何時でも本気だ。」
「だけど終電なくなっちゃうよ。」
「タクシーで帰ればいい。おいらが責任もって送る。」
「大野さん?」
「なに?」
「もしかして、わたしのこと口説いてます?」
「えっ・・・」
「ブハハハハッ、冗談ですよ。やだな、今の顔ったら・・・」
めっちゃおちょくられてる。
「マスター、ロックお代わり!」
「あ、怒っちゃった?ゴメンなさい。だって、大野さんって天然で面白いんだもん。」
「天然って言うのやめてくれ。おいらは単に純粋なだけだし。」
「純粋ねぇ・・・」
「行くの?行かないの?」
「あ、カラオケですか?いいですよ。大野さんが送ってくれるんなら。」
「心配すんなよ。ちゃんと送ってくから。」
「あ、そうだ。俺の番号教えますよ。」
「え?」
「だって、ほら、松本さんに紹介してくれたから。」
「あ、そうだな。連絡先くらい聞いておいた方がいいか。」
「スマホ、貸して。」
ニノは、おいらからスマホを受け取ると、手早く電話帳に自分の番号を入力した。
「はい。ここに電話してみて。」
「え、あ、うん。」
その画面をタップすると~♬♪♪~ニノの手元のスマホに着信が入り、俺の番号が表示された。
「はい。完了です。これが大野さんの番号ね?」
今度はニノが自分のスマホの電話帳に着信履歴からおいらの情報を入力し始めた。
「・・・で?あなた下の名前は?」
「さとし」
「えっ?」
「智だけど。」
「さとし・・・って言うんだ。」
ニノは驚いた表情で目を丸くしておいらの顔を覗き込んだ。
「え・・・何?」
「あっ、いえ、何でもありませんよ。・・・まさかね。」
「ホント、何なのよ?おいらの顔に何か着いてるのか?」
「あ、えっと、ううん。普通に目と鼻と口が付いてます。」
「んふふ。何だよそれ。」
俺、あまり知らない奴と連絡先の交換とかしないんだけど、ニノは何か最初に逢った時から初めてな気がしなくて、不思議と何の抵抗もなく仲良くなれた。仕事以外で友達出来たのは何年ぶりだろう?それこそ学生時代以来じゃないかな?何だかそういう些細な出来事でも嬉しくって、おいらは何時になくご機嫌なハイテンションで美味しい酒を大量に飲んだ。
「よしっ、ニノ、次行こうか?」
「ええ?カラオケは?」
「カラオケはまた今度行けばいい。」
「は?まだ飲むんですか?」
「あと1件だけ付き合ってよ。おいらが全部奢るからさ。」
「お金のこと言ってるんじゃなくて、もうあなた完全に出来上がってるじゃん。そろそろ帰った方が良くない?」
「えええっ。そんな寂しい事言うなよぉ。今夜はめちゃくちゃ酒が美味いんだもん。次行ったら絶対帰るからさぁ。」
「もぉ、しようがないですね。」
「へへへっ。ふんじゃ、行くか。」
自分でもよく分からないけど、普段は絶対こんなみっともない飲み方はしないんだけど、その日はもうとにかく上機嫌で、戸惑うニノの肩に気安く腕まで回して3件目の飲み屋へと向かうのだった。
つづく