第2章
急接近⑥
3件目に辿り着いた時は、俺はもうかなり酔っていた。時間にすると午前0時をとっくに回ってて、朝まで開いている来たこともない大衆居酒屋で再びアルコールを飲み続けてた。
身体がイイ感じにフワフワと宙を浮いてるような感覚で、それでも酒は止まらずニノがずっと横で心配そうに俺を見てる。
「もう、おーのさん、いい加減にしないと帰れなくなっても知らないからね。」
「大丈夫だってぇ。まだまだ全然よゆーってば。あ、焼酎のロックお代わりね。」
「えええっ?まだ飲むの?もう帰りましょうよ。あなた、何時から飲んでるの?」
「えっ?うーんと、夕方の6時からかなぁ・・・んふふっ。」
何が可笑しいんだか自分でも分からないけど、勝手にフニャフニャ笑いが止まらない。こうなると、もう多分あとは眠くなるパターンだ。
「はい、お水飲んで。よく気持ち悪くならないですね?こんだけの量を飲んでるってのに。俺だったらとっくに吐いちゃってるよ。」
「あっ、ニノちゃん?今焼酎とお水すり替えたでしょう?ズルいぞっ。」
「ニノちゃんって・・・もぉ、勘弁してよぉ。完全に酔っ払いの親父じゃないの。」
「おいらは酔っ払いの親父なんかじゃねえぞぉ」
「フフフッ、よっぽど何かいいこと有ったんだ?こんなになるまで飲むなんて。」
「あっ、分かるぅ?だってさぁ、こんな可愛い子とお知り合いになれたから、おいら嬉しくってさぁ。この気持ち分かるぅ?わっかんねえかぁ。えへへへっ。」
「はいはい。分かったから、もう帰りましょうね。」
3件目の記憶は当然の事ながら覚えていない。
あれほどまでに俺が奢ると息巻いていたくせに、多分そこのお勘定は全部ニノが払ってくれた。
そして、俺の意識が完全に無くなったのは、恐らくタクシーに乗り込んだ辺りからだ。当然のことながら、俺にはそのタクシー代も払った記憶はない。
それから俺が目が覚めたのは完全にその翌朝のことだった。
「っん・・・」
酔いから醒めて、気が付いた時に俺が見たものは天と地がひっくり返るくらいの悪夢を見ているかのようだった。
「待って・・・ここ、何処だ?」
見たこともない壁と天井、そして俺は狭いシングルベッドの上。そして、問題なのはここからだ。
まず、今俺の格好は上半身は裸でパンツ一丁。そして、俺の隣には昨夜一緒に飲んでいたあのニノがおれにしがみつく様に添い寝している。
な、何で?
あまりの衝撃に俺の頭の中はパニック状態に陥ってる。だって32年生きてきたけど、ここまで記憶が途絶えたことって初めてだ。
落ち着け、落ち着こう・・・ちょっと冷静になろう。ここは・・・ホテルとかではなさそうだ。部屋の中をキョロキョロと見回したところ、ギターとか漫画雑誌とかゲームソフトが散乱してる。ってことは、ここはニノの自宅ってこと?
俺は一瞬ホッとしたが、いやいやいやいや・・・絶対マズいだろ。
恐る恐るニノの様子を見ると、子供みたいに無邪気な顔してスヤスヤと眠ってる。そして、彼はキチンと服は身に着けてる。それにしても、俺、ニノに何にも変な事してないよな?
そんなことを確認したところで何にもなんないのは分かってるけど、一応自分の下半身を確かめた。
「落ち着け、思い出すんだ。」と、必死に昨夜のことを思い出そうとするけれど、2件目のBarを出てから先の事が一切思い出せない。
うううっ・・・どうしよう、と頭を抱え込んでいると
「んっ、あ、起きたの?おはよう。」
「えっ?あ、あの、おはようございます。」
そんなガチガチの俺を見て、ニノがケラケラと笑い出した。
「フフフッ、ハハハッ」
「あ、あのさ・・・」
「おーのさん?もしかして何も覚えてないの?」
「すまん。」
「どう責任取ってくれるの?」
「えっ?」
「おーのさん、もうしつこくて・・・」
「ええっ?」
「あなた、自分がこの俺にお持ち帰りされたと思ってるでしょうけど、被害者は俺だからね?」
「ひっ、被害者?いや、あの、言ってる意味が・・・」
「もう、覚えてないの?あんなことしておいて。」
ニノはそう言って布団を頭まで被ってクスクスと笑ってる。マジか・・・。マジでか。おいら、とんでもないことをやらかしたのか?
「い、いや・・・ちょっと、本当においら3件目の店から記憶が全然ないんだ。ちゃんと説明してくんないかな。」
「酷い男!俺の事口説き落としといて、今更無かったことにでもしようと思ってるの?」
「く、口説き落とした?お、おいらがニノを?」
「ま、心配しないでいいよ。ちゃんと最後までは出来なかったから。あなたどろっどろに酔ってたし。」
「最後までって・・・マジか。おいら最低だな。」
「ホント、最低ですよ。あれほど帰ろうって言ってるのに、言うこと利かないあなたが悪いんだよ。」
記憶が飛んでるから、ニノが何処まで本当の事を言ってるのかすら分からないけど、とりあえず彼の話が本当なら謝らないと。
「ホント、悪かったよ。ゴメンね。」
謝る俺を見て、ニノがハァッと大きな溜息をついた。
つづく