鍵のかかった部屋 大宮編
第3話
その翌日、仕事に出掛けた俺は午後7時前にマンションに戻って来た。
そして、真っ先に隣の榎本さんの部屋を訪ねた。
ピンポーン!
「はい。どちら様でしょう?」
インターホンからは相変わらずのテンション低い声で
あの榎本さんが応答した。
「あ、二宮ですけど・・・」
「お待ちください。」
ドアが開いて昨日とほぼ同じスタイルの榎本さんが現れた。
「遅かったですね。6時には来られると思ってお待ちしてたんですが。」
「ええっ?6時以降なら何時でもイイって意味じゃなかったの?」
「あ、いや、べつにそれはそういう風に捉えて貰っても全然構わないのですが
今後遅くなる時は、出来れば予めご連絡を頂けると助かります。」
「れ、連絡って・・・」
「これが僕の携帯番号です。」
榎本さんはそう言うと、俺に名刺を差し出した。
「芹沢弁護士事務所・・・?え?榎本さんって弁護士?」
「いえ・・・それは一応そこで雇われてるってだけで。」
「へえ・・・セキュリティ会社じゃないんだ?」
「以前はセキュリティ会社で働いてました。」
「ふうん・・・。」
「では早速開けましょうか?」
「あっ、お願いします。」
榎本さんは昨日の工具箱を持って俺の部屋の前にしゃがみ込んだ。
そして1分と掛からずに簡単に鍵を開けた。
「どうぞ。終わりました。」
「早っ・・・」
「早速今日、鍵の発注をかけておきました。」
「あ、本当に?ありがとう。で?どの位掛かるの?」
「そうですね、本来なら8万、でも僕のルートで取り寄せると
3万5千・・・といったところです。」
「そ、そうなんだ。そりゃ助かるな。でも、価格も気になるけど
実際のところ取り寄せにはどの位時間掛かるの?」
「約3週間は掛かります。」
「は?」
「遅くても来月下旬には届くはずです。」
「いや、待ってよ。それまであなたに毎日開錠代払ってたら
俺破産しちゃうよ。」
「でも、何処で頼まれてもこれ以上早くは無理ですよ。
昨日もお話したと思いますが、このマンションの部屋の鍵は
ちょっと特殊なんです。」
「でもさ、単純に計算してみてよ?3週間ってことはさ、
開錠代だけでもざっと見積もって6万、そこに鍵の値段合わせたら
9万5千円って・・・ほぼ10万だよね?」
「あ、いえ、設置料がそこに掛かりますよ。」
「は?いや、無理無理・・・そんな金俺払えないよ。」
「困りましたね。鍵は既に取り寄せてますが・・・」
「ねえ、開錠代をもっと何とかならない?」
「えっ?」
「もう少し良心的な値段にはならない?」
「十分良心的だと思いますけど。」
ダメだ。話にならない。
「俺、働いてるけどめっちゃ安月給なんだよ。月々の支払とかも有るし、
マジでそんな高額な支払いしてたら家賃払えなくなるよ。」
「・・・分かりました。」
「えっ?値引きしてくれるの?」
「いえ。それなら毎日帰宅されるのは諦めて下さい。」
「はっ?」
「一度玄関を出ると、あなたは自力では家の中に入る事は出来ない。
なので、取り寄せた鍵が届くまでは実家などに帰られたらいかがでしょう?」
「えええっ?」
「他人事だと思って勝手な事言わないでよ。実家からだと職場まで遠いから
ここを借りてるのに。」
「それか、安いホテルで暫く生活するとか、方法は幾らでも有りますよ。」
「値引きして!」
首を縦に振るとは到底思えないけど、駄目もとで交渉してみる。
「お金が無いのに値引き交渉してまでここに帰ることはないでしょう。」
何こいつ?めっちゃケチ・・・
しかも淡々とそういう冷たい台詞を早口で並べやがる。
「もういいよ。それなら俺明日からそこの公園でホームレスするから。」
「・・・」
「はい、今日の開錠代。明日領収証を貰いに行くから準備しといてね。」
「わ、分かりました。では、僕はこれで・・・」
榎本さんは俺から3千円を受け取ると、一瞬何か言いたそうな素振りを見せたけど
そのまま自宅へ帰ってしまった。
そもそも鍵が違うって何なんだよ?
ずっとこの鍵で俺は部屋に入ってたのに。
誰かのとすり替わってしまったとかか?
だけど何時?どのタイミングで?しかも誰が何の目的で?
考えれば考えるほど意味が分からなくなる。
俺は部屋に戻って冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
リビングのソファーに寝そべりながらリモコンを握ってテレビをつけた。
ピンポーン・・・
またインターホンが鳴る。
「え?またかよ?」
俺は気怠い身体をソファーから起こして
玄関に向かった。
「はーい。」
扉を開けると、再び榎本さんが立っていた。
「あの、領収証をお持ちしました。」
「え?明日でイイって言ったのに。」
「いえ、それともう一つ言い忘れたことが・・・」
「な、何?」
「あれから考えたんですが・・・」
「はぁ・・・」
「二宮さんの鍵、何処ですり替わってしまったのか
まだ思い当たる節はないんですよね?」
「え、ええ。あったらあなたに開錠なんてお願いしてないでしょ。」
「そうですよね・・・」
「それがどうかしました?」
「気を付けられた方がいいかと思います。」
「はっ?何が?」
つづく