鍵のかかった部屋 大宮編
第20話
「そ、それってどういう事?」
俺は榎本さんの思いもよらぬ言葉に驚き、抱き締められたその腕を解いて
榎本さんの方を振り返った。
「どういうって・・・そのまんまです。」
「それってさ、つまりはいい迷惑だったってこと?」
「いい迷惑だなんて・・・誰もそんな事は言ってませんよ。」
「だって・・・今後は関わるなって、つまりはそういう事だよね?」
「僕の言い方が悪かったのなら謝ります。」
「榎本さん、俺さ・・・あなたの事・・・」
「あっ、ほら、二宮さん、あなたの部屋に来客みたいですよ。
この人二宮さんのお知り合いですかね?」
今、俺は決死の覚悟で榎本さんに告白しようとしてたのに
わざとはぐらかされた?
だけど確かにテーブルの上に置かれたタブレットの画面に
一人の男性の姿が映ってる。
この画面は俺の部屋の入り口に榎本さんが
防犯用に付けてくれたカメラの映像がリアルタイムに映し出される。
そこに映し出された男性は何度かインターホンで
俺を呼びだしてる様子だった。
「あっ!相葉さんだ・・・」
「お知り合いですか?それなら早く行かれた方が・・・」
「こんな時間に何しに来たんだろう?」
相葉さんは俺の会社の同僚で、丁度俺の部屋の鍵が紛失する少し前だったか
マレーシアへ出張になってたから、かれこれ2週間は顔を見ていなかった。
とりあえず、俺は慌てて相葉さんの所に向かった。
「相葉さん?どうしたの?こんな時間に・・・」
「え?あ、あれ?ニノんちってそっち?あ、やばっ、間違っちゃった。」
「いえ、俺んちはそっちで間違いないですよ。」
「そーだよね?あービックリしたぁ。」
「で?どうしたんですか?」
「ご、ゴメン。驚くよね?こんな時間に・・・あ、これお土産。」
「ど、どうも。わざわざこれを届けに来たの?会社ででも良かったのに。」
「ううん、違うんだ。あのさぁ、部屋の鍵大丈夫だった?」
「え?」
「もしかして新しく鍵作った?」
「な、何で相葉さんがそれ知ってるの?」
「あーっ、やっぱり・・・」
「ええっ?」
「ゴメンッ!」
「だから何で相葉さんが謝るの?」
「俺、会社でさ、落ちてた鍵を拾っちゃったんだよね。」
「え・・・」
「たまたまなんだけど、ニノと全く同じキーホルダー付けてたのよ。」
「ええっ?」
「俺、そそっかしいから、それ見ててっきり自分が落としたと勘違いしたの。
それで、ポケットに仕舞ったのはいいけど、見た目が同じ鍵が二つも
ポケットに入ってるじゃない。でね、一つは隣のデスクのニノのだって
気付いて、直ぐに机の上に戻したんだけど、間違ってどうやら
俺の家の鍵の方を置いちゃったみたいなんだよね。」
「それって何時気付いたの?」
「たった今だよ。」
「えええっ?」
「だって俺はあの日そのままマレーシアに出発だったから
一度も家に帰ってないわけじゃん。で、さっき日本に戻ってきて
うちの鍵開けようと思ったら開かないからビックリしてさ。」
「マジで?もう、なんなのよ・・・勘弁してよ。」
「ホント、ゴメンね。あ、勿論鍵の代金は俺が支払うよ。
請求書回してくれていいからさ。」
「なんだぁ、相葉さんだったのか・・・」
「とにかくそういう事だから、俺の家の鍵持ってるでしょ?返して貰ってもいい?」
「あ、うん。ちょっと待ってて。」
相葉さんは俺から鍵を受け取ると、直ぐに我が家へと帰って行った。
何なんだ?このお粗末な真相って・・・
「今の方、会社の方ですか?」
「えっ?あ、うん・・・」
「よかったですね。謎が解けたみたいで。」
「で、でも・・・それならどうしてこの前夜中に
鍵をガチャガチャ開ける気配を感じたんだろうね?
あれは嘘じゃないよ。しっかりこの耳で聞いたもの。」
「あれは、多分ここのマンションの住民です。
恐らく泥酔状態で帰ってきて自宅が何処か分からなくなったんでしょう。」
「そ、そうかな?」
「ええ。よくある事です。もう、これで安心して眠れますよ。
良かったじゃないですか・・・」
「よくもないよ。」
「え?」
「あ・・・ううん、何でもない。」
鍵を間違えてくれたことは相葉さんに感謝でしかない。
だって、そのお陰で榎本さんと知り合いになれた。
だけど、もう真犯人が現れないとなると、
俺の居候生活もさすがにここまでという事になる。
もう、怖いからって理由は通らないもの。
だから早く気持ちを打ち明けようと思ったのに・・・
榎本さんは俺の事をこれ以上受け入れる気は無さそう?
さっきのタイミングはアレだったけど・・・
はぐらかされたのは結構ショックだった。
「榎本さん、今夜から俺は自宅に戻ります。」
「え?」
「もう、強盗犯も現れないって分かればべつに怖がる必要も無いし。」
「そ、そうですか・・・そうですよね。」
「明日、この防犯カメラは外して貰っても良いですか?」
「分かりました・・・」
「あ、荷物は今度取りに行くんで、今夜はそのまんまでいい?」
「ええ、構いませんが・・・」
「それじゃ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい・・・」
願わくば・・・相葉さんが名乗り出ないでくれてた方が
俺としては有難かったかな・・・
つづく