鍵のかかった部屋 大宮編
第8話
「え、榎本さんって趣味とか有るの?」
俺が言い放った冗談で空気が一変しておかしくなったものだから
俺は慌てて話題を替えた。
「趣味・・・そういう二宮さんは?」
「えっ?お、俺?俺は・・・ゲームかな。」
「ゲーム?ボードゲーム・・・とかですか?」
「ううん、〇〇ドラとかドラ〇〇とか・・・」
「ああ・・・そういった類ですね?」
「うん、休みは一日中やってたりする。」
「僕の知り合いにもゲームオタクいますよ。」
「榎本さんは?」
「僕もたまにやりますけど、趣味というほどまででは有りません。」
「それじゃ榎本さんの趣味は何なの?」
「特にありません・・・」
それじゃ会話が続かないだろ。
そもそも答える気なんて無いよな。
自分の事を探られるのが苦手なのかな?
「榎本さんって、弁護士のところで何やってるの?
調査依頼みたいなこと?」
「え?まあ・・・そんなところです。」
「ラブホテルの盗聴とかよくあるの?」
「どうしてそんなことを聞かれるんですか?」
「え?あ、ゴメン。なんか衝撃だったから。」
「今朝もお話しましたが、あれはあくまでも仕事です。
依頼があれば盗撮も盗聴もしますが・・・
普段からそれが趣味だと思われるのは困ります。」
「あっ、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど
そういう風に聞こえちゃったのね?
それは本当に謝るよ。ごめんなさい。」
俺が焦って頭の上に両手合わせて謝ると
今まで一度だってニコリともしなかった榎本さんが
俺を見て初めてクスッとほんの一瞬だけど笑った。
えっ?榎本さんって笑うとこんなに可愛い顔するんだ?
何でか分かんないけど、俺はその時めちゃめちゃ嬉しかった。
それは、何と表現したらいいか・・・
そう、それは子供が初めてお遣いに行って
ちゃんと言われた物を買って来て、
お母さんに思いっきり褒められた時のような
まるでそんな感じの嬉しさだった。
この時から、俺は榎本さんを笑わせることが
快感になってしまい、もっと彼を笑わせたい。
笑顔を見たいって思う様になってしまったんだ。
出来れば腹を抱えて笑うところが見てみたい、とさえ思ってしまう。
でも、それにはもっと時間を掛けて、
この人は一体何がツボなのかを知る必要が有るって思った。
そういう事を考えられるようになったって事は
俺はもう榎本さんへの疑いは完全に晴れてたっていう証拠なんだろう。
俺が榎本さんの顔をニヤニヤして見てるから
榎本さんは急に立ち上がって窓の外の景色を眺めた。
「二宮さん・・・」
「え?」
「雨ですよ。」
「ホント?」
「ええ。今夜は雷も伴って強く降ると言ってました。」
「そっかぁ。梅雨入りするとか言ってたもんね。」
「有るんですか?」
「えっ?有るって何が?」
「明日から・・・行くとこ・・・」
「ああっ!そうだった。うわぁ・・・そうだよ。
俺明日から公園でホームレスする予定だったんだ。」
「そんなこと、する必要ないですよ。」
「ええっ?でも・・・」
「鍵、開けて差し上げます。」
「だけどお金無いし・・・」
「勿論無料で。」
「ほ、ホントに?」
「流石にこんな状況であなたにホームレスなどさせて
病気でもされたら、僕は責任負えませんからね。」
「だけどさ、また来るかもしんないでしょ?」
「え?」
「ほら、夜中に侵入者が・・・」
「ああ・・・そうでしたね。忘れてました。」
「強盗に入られるかも知れないって分かってて
幾ら鍵を開けて貰って家の中に入れたとしても
俺きっと一晩中怖くて眠れないよ。」
「そうでしたね・・・」
「鍵さえ届けばなぁ。」
「それではどうでしょう?鍵が届くまで・・・
このままここで過ごされては?」
「えっ・・・いいの?」
「僕は全然構わないですが・・・二宮さんが居心地が悪いと
言われるのであれば無理強いは出来ませんが。」
「居心地悪くないよ!むしろ居心地最高!」
「・・・そう?ですか・・・」
「うん!やっぱり榎本さんって良い人だよね。
お隣が榎本さんでホント良かった。」
「そんなに単純に他人を信じていいんですか?」
「えっ?」
「もしかすると、僕はこう見えてあなたが考えているより
遥かに極悪な人間かも知れないんですよ。」
「ウフフッ、それはないよ。」
「何故そう言い切れるんですか?」
「俺の勘だよ。それに、極悪人間が病気でもしたら大変だから
うちに泊まりなよ、なんて普通言う?」
「それもそうですね・・・」
「フフフッ、本当に助かります。あ、勿論タダで泊まらせてとは
言わないよ。掃除とか洗濯とか俺に出来る事は何でもする。」
「いえ、それは結構です。」
「何で?住み込みの家政婦さん雇ったと思えば?
その方が榎本さんも楽でしょ?」
「そ、そうですか・・・」
「うん、だから遠慮とかしないでよ。」
「分かりました。それでは考えておきます。」
相変わらず会話が固いな。
だけど、榎本さんって本当は優しくて良い人なんだよ。
そういう話の流れで、鍵が来るまでの間
俺は榎本さんの家に厄介になる事が決まった。
つづく