最終章
ラブソングは君と⑥
「おーのさん・・・嘘ついて、悪かったよ・・・」
「あー、婚約のこと?あんなの一発で嘘って分かったよ。」
「え・・・あっ、ゴメン、その話は本当ですよ。」
「はっ?もう、いいよ。いつまでそんな見え透いた嘘・・・え?何?」
「俺が謝ってるのは、個展が終わったらあなたとここで一緒に旅館を引き継ぐって、そっちの話ですよ。」
「ええ?ま、待ってよ。それってどういうこと?ニノは最初っからおいらと旅館をやってく気なんかなかったってこと?」
「ゴメンなさい・・・」
「どうしてだよ。」
「そうでも言わなきゃ、あなたが個展を辞めるとか言い出し兼ねないから・・・」
「個展はやるよ。個展終わったら一緒にって言ったじゃん!」
「うん・・・だからそれはあの時はそう言ってあなたを納得させるしかなくて・・・」
「それは百歩譲っていいとしても、それで何でニノが好きでもないヤツと結婚なんか決める必要があるんだよ。」
「ケジメ、かな・・・」
「ケジメ?」
「そう。俺、旅館を継ぐときは人生のセカンドステージだって何時も思ってたんですよ。俺の人生の前半の幕は降りたんで・・・後半の幕を開けるのにケジメが必要だなって思って。」
「何勝手な事言ってんの?勝手に幕なんて降ろすなよ。勝手においらのことキャスティングから外すなよ。」
「うちの後継者になるってことは、あなたが思ってるほど生っちょろい話じゃないんですよ。」
「知ってるよ。親父さんは海外のホテルも経営してんだろ?」
「えっ?どうしてそれを?」
「おいらが何にも知らずに生半可な気持ちでここを継ぐと言ったとでも思ってたの?おいらはそれも全部承知でニノと一緒になる覚悟だったのに・・・」
「気持ちは嬉しいんだけど、分かってよ・・・」
「分かれって、何をだよ?それなら何で婚約者が居るのにおいらに抱かれたんだよ?おいらは信じない。婚約なんてそれも全部嘘だろ。」
「もう、お願いだから分かって下さい。婚約は本当です。次は本当に断れないし、逃げる事も出来ないんですよ。」
「おいらは?おいらはどうなるんだ?」
「ああ、俺あなたのこと嫌いになったわけじゃないし・・・どうしてもあなたが別れられないっていうのなら、関係だけは続けてもいいよ。」
「そんなこと・・・本気で言ってんのか?」
「えっ?勿論・・・」
「ニノはそんな奴じゃないよ。少なくとも、おいらが知ってるニノは・・・」
「俺は夢を途中で諦めたんだよ。あなたはそれに付き合ってくれるとか言うけれどさ・・・俺、自分で情けなくて。おーのさん、お願いだから、これ以上俺のこと惨めにしないでよ・・・」
ニノはそう言って唇をギュっと噛み締めた。
正直、ニノの気持ちが俺には分からない。ただニノと話してて感じた事は、シンガーソングライターになりたいと思い描いてた夢を途中で諦めなきゃならなくなって、急に現実と向き合わなきゃならなくなった時に、俺が自分の仕事を捨ててまで一緒に居るということが、彼を余計に傷付けて苦しめる結果になるんだってこと。
俺はニノを愛してる。だけど、愛する人が俺のせいで苦痛を感じ続けると言うのなら、やっぱりこれ以上何を言っても無駄なのか。
「分かったから・・・もう泣くなよ。だけど、もう一度聞くけどニノはそれで後悔しないのか?好きでもないヤツと結婚なんかして幸せになれるのか?」
うん・・・って小さく頷くニノを見て、俺はそれが本心では無かったとしても、もうニノがしたいようにさせてあげようと決めた。
お互い脱ぎ散らかした服を身に着け、それから一度も視線を合わせることなく、言葉も交わさず部屋を出て行こうとすると
「お、おーのさん・・・」
背中からニノが俺を呼び止めた。
「おいら、ニノのこと忘れる事なんて出来ないよ。もう、どうにもならないくらい好きなんだもの。だけどさ、好きにしたらいいよ。でもこれだけは覚えてて。辛くなったら何時でもおいらのこと頼ってくれたらいい。子供ん時みたいにさ・・・おいらはニノを何時でも助けに来るからさ。」
「おーのさん・・・」
「じゃあな・・・」
俺は一度も振り返らずにそう言って旅館を後にした。
ニノにカッコいい事言ったけど、実際こんなことになって、俺は何の力にもなってやれなかったんだよな。愛してるって言えば人を幸せに出来るなんて、思い上がりもいいところだったと気付かされた。
そんなに好きなら、彼をその場から奪って逃げればいいことなのに、俺にはそれすら出来なかった。ただの臆病者でしかない。
そうやって自分をただ責める事でしか、現実を受け止めることが出来なかったんだ。
つづく