最終章
ラブソングは君と⑨side masaki
それは僕が二宮くんに話を聞いた最後の日のことだった。
「ただいまぁ。」
「お帰り~。ゴメンね、久し振りに来てくれてるのにチビの散歩までさせちゃって。」
「ううん、俺もさ、たまには外の空気吸わないとね。引き籠ってゲームばっかしてるから。」
「いつ箱根から東京に戻って来たの?」
「あっ、先週・・・」
「大野さんの所には?」
「行けるわけないでしょ。」
「待ってると思うよ?」
「俺、嘘ついてまであの人のことを遠ざけたんですよ。今更姉ちゃんが婿養子貰ったから後継がなくて良くなった、だからまた付き合って下さいって言うのは都合が良すぎるでしょ。」
「絶対そんなことないってば。だって、まだ好きは好きなんでしょ?」
「俺ね、ここに居るとあの人のことばっかり考えちゃうの。未練だらだらでみっともないよね。だから、父さんの所に仕事手伝いに行こうと思ってる。」
「ええ?お父さんって、確か海外じゃなかったっけ?」
「うん、今はグアムに滞在してる。」
「い、いつ?」
「まだ、これからパスポート作ったり準備もあるから。早くても年内ギリギリってところかな。」
「あと、それでも半年後ってことか・・・」
「だから、俺の話を聞かせるのも悪いけど今日が最後にしてもいい?」
「それは全然構わないんだけど、そのこと大野さんに教えてあげないの?」
「うん・・・教えたところで、俺はあの人の仕事の足手まといになるだけだもの。今、個展の準備でそれどころじゃないだろうし。」
二宮くんは、ソファーにゆっくりと腰を下ろすと、一点を見つめながら僕に最後の話を始めた。
「そろそろ始める?」
「え?あ、お願いします。」
僕はボールペンを手に取り、二宮くんの最後の話を雑誌の取材のように質問を挟みながら聞いた。
「・・・へえ、お母さんにも協力して貰ったんだ?」
「ウフフッ、うん。俺が全部シナリオ作って、おーのさんが来たらこういう設定で話をしてくれってお願いしたの。母さんは大野さんのこと気に入ってたから、とにかくあの時はめちゃくちゃ嫌がってたな。だけど打ち合わせしてるうちに、だったら生温い芝居よりあんたが見合いの相手と復縁、婚約したとかそこまでやりなさい!って母さんの方から言い出したの。面白いでしょ?」
「お、お母さんもなんか凄いね。」
「違うのよ。母さんは俺の決心が固いから、おーのさんにちょっとでも期待させる言い方をした方が可愛そうだって、そう思ったんだよ。」
「ああ、なるほどね。それで?大野さんは慌てて別館に駆け付けたんでしょ?」
「うん。でも俺、丁度客室に行っててあの人が現れたこと全然知らなかったの。フロントにも大野智って人が訪ねてきたら知らせてとしか言ってなくてさ。まさか偽名使って潜り込んでくるなんて想定外だったから・・・フロントにクレーム入って〇〇号室の櫻井様が支配人を呼べって怒ってるって聞いて、本当に俺叱られると思って恐る恐る部屋に謝りに行ったの。」
「そしたら、それが大野さんだったの?」
「そう・・・それもズルいの。襖の陰に隠れててさ、いきなり後ろから抱き着いて来るの。」
「うわわっ!そ、それで・・・?」
「瞬間、声で直ぐにおーのさんって分かったけど、あっ、やられたって思った。ウフフ・・・」
「そ、それで?」
「もぉー、相葉さんはそういう展開好きだよね。これ以上幾らなんでも俺の口からは恥ずかしくて話せないですよ!」
「そんなぁ、出来ればそこがもっと詳しく知りたいんだけどなぁ・・・」
「そこからはお得意の妄想で書いてよ。」
「二宮くんは素直に受け入れたんだ?」
「だって・・・どっちも久し振りだし、そりゃそうなるよね。」
「だけど、大野さんはこれで嘘を見抜いたわけだから、関係を修復出来たと勘違いしたんじゃないの?」
「・・・うん。」
二宮くんは、寂しそうな目で窓の外の遠くを見つめ、当時の事を思い出したかのように静かにその続きを話し始めた。
「それじゃ、何で今俺に抱かれたの?って・・・当然だけど聞かれるよね。あの時咄嗟に出た言葉がね・・・今思うと最低だったの。」
「え?」
「不倫でもいいならお相手する、みたいな言い方をしちゃったんだ。でも、あの時ああでも言わなかったら、あの人本当に仕事より俺って言って聞かなかっただろうから。」
「大野さん、それも嘘だって、二宮くんの本心で無い事は分かっていたじゃないの?」
「うん、多分ね。でも、あの時は本当に二宮家を継ぐ事は覚悟してたし、絶対に何が有ってもあの人だけは巻き込んじゃいけないと思ってたから。俺はね、相葉さん。子供の時もそうだけど、ずっとあの人に守って貰ってたの。俺はあの人に助けられてきたけど、俺はあの人の助けになるようなことを一つもしてなかったんだ。だから、何もしてあげられないのは仕方ないにしてもさ、せめてあの人の足を引っ張るような真似だけはしたくなかったの。」
「だから最低、最悪の自分を演じて見せたってわけ?」
「ん、まぁそういうことになるかな。」
「それから、大野さんから連絡は?」
「ないよ。」
「そうなんだ・・・」
「最後にね、あの人はこう言ったの。どうにもならないくらい好きって・・・」
二宮くんは少し俯いて、大野さんの事を思い出したのか?真っ赤になって可愛らしく微笑んだ。俺はスラスラとペンを走らせた。今の二宮くんの顔、写真に残したいくらいだったから。
「フフッ、それだけで俺は幸せ者だって思いながら毎晩美味しいお酒が飲めるんだよ。」
「お酒ねぇ・・・」
「あ、俺がこっちに戻ってることはあの人には言わないでね。」
「どうして?本当は逢いたいんでしょ?」
「うん、逢いたいよ。」
「それじゃ、僕から話してあげようか?」
「ううん、俺達がまだ運命の赤い糸ってヤツで結ばれてるとしたら、余計な事しなくても死ぬまでには絶対また会えると俺は信じてるから。」
「二宮くん・・・だって、早くしないと君グアムに行っちゃうんでしょ?」
「だから、それは死ぬまでにはって言ってるじゃん。」
本気なのか冗談なのか、時々分かんなくなる。二宮くんってそういうところが有る。でも、間違いなく彼は大野さんを今でも愛してて、本当は今直ぐにでも逢いに行きたいと思ってるに違いないんだ。二宮くんって人はガラス細工みたいにキラキラしてて時々眩しいくらいの輝きを放ったかと思えば、もろくて簡単に崩れてしまいそうなくらい繊細だ。彼みたいな人の傍には大野さんの様な優しくて温かい人がついて守ってあげなきゃ駄目なんだって、外部の僕から見ててもそれが良く分かる。
この物語が出版される頃に、二宮くんが日本に居てくれるかは微妙なところだけど、僕にできることはこの小説を完成させて大野さんの手元に届けること。
二宮くんはその日を最後に僕の所には姿を現さなくなった。
何度か御礼がしたいと電話を掛けたけど、要らないと断られた。勿論居場所は教えてくれないし、グアムへの出発の日時も教えてはくれない。
そのおよそ3か月後に、二宮くんが自分から言えない大野さんへの想いの全てをメッセージに変えて僕は小説を書き上げた。
出版の直後に大野さんの個展が開催される事を聞いて、僕はその本を抱えて大野さんに会いに行った。
つづく
こんばんは
いつもお話ありがとうです。
なんか切なすぎる。カズの気持ちもわからなくはないけど、もっと素直になって、大野さんのふところに飛び込んで行けばいいのに!
いろいろ考えた結果なんですね!
お話と、わかっていても切ない。このお話にどっぷり浸かっています。
3240様、いつもご感想コメありがとうございます。
素直じゃないもどかしさが二宮くんぽいかな?と・・・私の勝手な人物像でお話を進めてますので、そこはやんわりと見守ってあげて欲しいと思います(^-^;
といいますか、どっぷり浸かって頂けるなんて、この上なく恐縮です。ラストまでもうちょっとなんで、頑張ります!