
第6章
間違いだらけの選択⑧
「まぁ、大野さん、お久し振り。良く来て下さったわね。ずっと、何時来てくれるかと楽しみにしてたのよ。」
「ご無沙汰してました。なかなか仕事の都合がつかなくて・・・お母さんもお元気そうで何よりです。」
「今日は二人で来てくれるからって、特別いいお部屋用意しておいたのよ。ゆっくりしてってね。」
「そんな、普通の部屋でも良かったのに。母さん、張り切り過ぎなんだよ。」
「何よ?カズだって大野さんがいなけりゃ、こんないい部屋に泊る事ないんだから、大野さんに感謝なさいな。」
「はいはい、分かりましたよ。ほら、鍵よこせよ。」
「はい、これがお部屋の鍵ね。カズ、食事が済んでからでいいから一度フロントに来なさい。」
「分かってるって。」
俺達は箱根のおばさんの旅館に来ていた。溜まってた仕事も連日寝る時間を削って頑張った甲斐が有って、ニノのスケジュールに合わせて休みを取ることが出来た。
温泉旅行は今日が2度目だ。今思えば、あの時まだ俺はニノに対して手も握れなかったんだよな・・・
まだ数か月前の話なんだけど、凄く懐かしくってあれはあれで二人のいい思い出だったりする。
今日やって来たのは、本館の方だから前回泊まった時よりもちょっと建物は古いけど、それでもかなり敷地は広い。
週末ということもあって、フロントには団体さんとか個人も含め、相当な旅行客で溢れかえってる。
「おーのさん、それじゃ部屋に行きましょうか。」
「あ、うん・・・」
ニノの後を着いてエレベーターに乗り込み、最上階のフロアでエレベーターを降りた。部屋の鍵を開けて中に入ると、めちゃくちゃ絶景のパノラマが見渡せて、前回とは違って洋室のベッドが並んでるお洒落でかなり広い部屋だった。
「うわぁ、何、この部屋・・・」
「驚いた。母さんったら何考えてんだろ?ここって、新婚さんとかうちで挙式した人とかが泊るスイートルームだよ。」
「ええ?ここって、挙式とかも出来んの?」
「そうだよ。ほら、さっきの観光バスで来てた団体さん居たでしょ、あれは確か結婚式で来てるんだよ。」
「へえ・・・」
「あなた、母さんから完全にうちの婿養子扱いされてるね。」
「え?そ、そうなの?」
「まぁ、心配しなくても俺が後でハッキリ言ってやりますよ。俺達当分結婚なんかしないって。」
「べつにそんなこと、わざわざこっちから言う必要ないよ。」
「どうして?そう言わなきゃ直ぐにでも戻って後を継げって言われるのがオチだよ。」
おいらは全然それでも構わないんだけど・・・ニノは多分モデルの仕事を続けたいんだよな。まだまだこれからだもんな・・・
「おーのさん?せっかくだから露天風呂行きます?」
「うん。いいね・・・」
「今日は聞かないんですか?」
「ん?何を?」
「えええっ?ニノも入るの?って・・・」
「んふふっ・・・そうそう、前回来た時はマジでおいら焦ってたよな。」
「あなたってば、俺に絶対大事なとこ見せないようにって、すげぇガード固かったよね。」
「うん。ていうか、ニノの裸見たら反応するから見ないように必死だった。」
「え?何それ?ホント?」
「あん時からおいら意識してたんだよ。」
「うふふふふ・・・そーなんだ?」
「もうさ、免疫ついたから大丈夫。」
「免疫言うなよ。」
「あはははっ。冗談だよ。」
俺とニノは部屋で浴衣に着替えて露天風呂へ行く準備をしてた。そんな時、ニノのスマホに潤君から電話が入った。
「あ、松本さんだ。何だろ?仕事の話かな?・・・もしもし?松本さん?」
「あ、ニノ?ゴメン大野さん一緒だよね?」
「え?うん。今横に居ますけど、代わりましょうか?」
「ゴメン、さっきから大野さんに電話するけど全然出ないから、もしかしてお取込み中だった?」
「え?待って、おーのさん?あなた携帯どうしたの?」
「あっ、おいらスマホ置き忘れた!」
「マジで?んもう、何やってんのよ?あ、松本さん、今おーのさんに代わりますね。おーのさん、松本さんからです。」
「あっ、もしもし潤君?ゴメン、おいらに電話した?」
「あーっ、大野さん?もう、電話したどころじゃないよ。全然出ないから可笑しいとは思ったけど、スマホ忘れちゃったんですか?」
「ゴメン、ゴメン。おいらも今まで気付かなかったの。で?おいらに急用とか?」
「そうですよ。大野さん、大きい仕事が舞い込んできましたよ。」
「え?大きいって・・・」
「相葉さんの小説の連載もかなり好評で、あなたの挿絵もかなり読者から評判が良いんですよ。でね、半年後なんですけどイラストの個展を開催したいって。うちの編集部が主催で。」
「そ、それマジで?」
「凄い話でしょ?良かったね。大野さん。おめでとうございます!」
「う、うん・・・ありがとう。これも潤君と相葉君のお陰だよ。」
「何言ってんすか。これはあなたの才能ですよ。とにかく早くそのことを伝えたくって。すみませんね、プライベートでラブラブなところをお邪魔して。」
「へへへっ。変な気を回さないでよ。」
「ニノもきっとビックリするでしょうね。今夜は二人で祝杯あげてください。俺はまた戻られてからお祝いしますよ。」
「うん。本当にありがとうね。」
「明日の夜は戻って来るんですよね?」
「ああ、うん。」
「それじゃ、また細かい話は戻られてから連絡します。ニノにも宜しく。」
潤君がまるで自分の事のように喜んでくれてるのが分かる。
個展を開くのは、おいらがこの仕事始めてからの目標というか夢だったし、潤君には何度もその事を話していたから、真っ先に俺に伝えたかったんだろうと思う。
「ね?松本さん何だったの?何か良い事ありました?」
ニノが俺の顔を覗き込んでそう尋ねてきたから、おいらは嬉しくって思わず握手を求めたくなり、ニノの目の前に自分の右手を差し出した。
つづく