
第6章
間違いだらけの選択⑩
ニノのお母さんが倒れたと連絡があり、俺達は急いでフロントの裏手にある従業員控室へと向かった。
「か、母さん!」
「あ、お坊ちゃま。」
俺達が駆け付けた時、おばさんは四畳半位の座敷に寝かされていて、意識を失ってるみたいだった。
「何が有ったの?」
「それが・・・私共も皆それぞれ仕事をしておりましたので、フロントの澄江さんが休憩に入ろうとこちらに参りましたらここで女将さんは既に倒れておられたそうで・・・」
「母さん?母さん、何寝てんだよ?起きろよ。」
「ニノ、動かさない方がいいと思う。万が一脳に異常が有ったりしたら危険だよ。」
「ここのところ、団体客も引っ切り無しで入ってましたし、女将さん殆ど休まれてないんですよ。」
「救急車はまだなの?お、俺が運転して病院まで連れてく!」
「ニノ、落ち着けって。勝手におばさんのこと動かさない方がいい。」
「だ、だって・・・」
「大丈夫。ちゃんと息してるし、心臓が止まってる訳じゃないから。」
「俺のせいだ・・・」
「ええっ?」
「俺が旅館の仕事を手伝ってあげずに勝手なことばかりしてるから・・・」
「そ、そんなこと・・・」
「坊ちゃん、救急車が到着しました。」
救急隊員が担架を抱えて休憩室に入って来た。
「お、お願い。母さんを助けて!」
「身内の方ですか?ご一緒に同乗願います。」
ニノはおばさんを乗せた救急車に一緒に乗り込んだ。
「ニノ?一人で大丈夫か?おいらも行かなくて平気か?」
「うん、おーのさん病院着いたら連絡するから・・・あ、携帯無いんだ。俺のスマホを貸しとくから持ってて。」
「あ、うん、分かった。しっかりな。」
俺はニノからスマホを預かり、救急車を見送った。残された従業員は心配そうな表情で、それぞれの持ち場に戻って行く。
「女将さん大丈夫かしら?」
「極度のストレス溜まってたのよ。朝から晩まで働きずくめだったからね。」
従業員同士の会話が耳に入って来た。そんなに旅館って大変な仕事なんだ。あんなに元気だったおばさんが過労で倒れるなんてよっぽどのことだったんだろうな。
待てよ?ニノの親父さんって居ないのかな?そういや一度も見掛けないけど・・・
「あの・・・ちょっと聞いていいですか?」
「え?あ、はい?何でしょうか?」
「ニノの・・・あ、いえ、女将さんの旦那さんってどちらにいらっしゃるんですか?」
「ああ、オーナーですか?オーナーは今グアム島ですよ。」
「グ、グアム島?」
な、何で?この忙しいのに自分だけ南の島でバカンス?有り得ない・・・
「何でグアム島なんて遠い所に?」
「オーナーは海外のホテルのお仕事が主体なんですよ。こちらには年に1度顔を出されるくらいで。」
「ええっ?ホテルも経営してるの?」
「はい。グアム島とハワイと台湾にも・・・」
「えええっ?ほ、ホントですか?」
お、驚いた。ニノがお坊ちゃま扱いされるわけだ。箱根の旅館だけでも拡張しててすげぇって思ってたのに、親父さんって何者なんだよ?マジで半端ないじゃん。
ニノと一緒なら旅館の仕事継いでもいいなんて、軽はずみにも良く言ったもんだよ。とてもじゃないけど、俺には無理だ・・・
ニノが逃げ出したくなる気持ちも、これでなんとなく分かった気がした。
おばさんの容態が気になるところだけど、旅館に残された俺はどうすることも出来ないから、大人しく部屋に戻ってニノからの連絡をひたすら待っていた。
つづく