
第6章
間違いだらけの選択⑫
翌朝、おばさんの容態が落ち着いたらしく、ニノが旅館に戻って来た。俺はというと、ニノが戻って来てるのも知らずに朝から風呂に入ってた。
「おーのさん・・・おーのさん?」
「ニノ?」
「やっぱりここだったんだ。直接部屋に行ったけどもぬけの殻だったから・・・」
「おばさんは?」
「容態が安定してるから一度戻って来たの。」
「そうか。大事に至らなくて良かったな。」
「ちょっと話が有るの。お風呂済んだら直ぐ部屋に戻って来てくれます?」
「えっ?話?」
「俺、暫くしたらまた病院に戻んないといけないんだ。」
「おっ、そうか・・・。分かった。直ぐ行くよ。」
俺は慌てて風呂から上がると、急いで着替えて部屋に戻った。
「ゴメンね。せっかく寛いでたのに。」
「ううん。ニノが戻って来るの分かってたら部屋で待ってたんだけど。」
「あのねおーのさん、悪いけど母さんがああいうことになったんで、俺はもう暫くこっちに居ないといけないの。」
「う、うん。そりゃそうだろうな。」
「それで、俺駅まで送りますから、電車で帰って貰っていいかな?」
「あ、わざわざ送ってくれなくたっていいよ。タクシーも有るんだし。」
「ううん。俺が送る。」
「そ、それじゃ直ぐに支度しなきゃだな。」
「ゴメンね、一体ここまで何しに来たんだか・・・」
「仕方ないよ。」
「俺、もしかしたらこのまま東京へは戻れないかもしんない。」
「ニノ・・・?」
「母さんがあんなことになったのは俺のせいだし、医者も過労とストレスが原因だろうって言ってる。回復しても直ぐに仕事に復帰させるのは無理だって。」
「ニノがこっちで仕事引き継ぐのなら、おいらも・・・」
「それは駄目だよ。」
「えっ、何で?」
「あなたは半年後に個展やらないと。」
「それは・・・断るよ。」
「ダメだって。あなたの夢だったんでしょ?目標だったんじゃないの?」
「そ、そうだけど・・・」
「俺はあなたと何も別れるとか言ってないんだ。そりゃ毎日一緒には暮らせなくなるけど、そんなに遠い場所じゃないんだから、逢おうと思えば時々なら逢えるし・・・」
「やだっ!ニノは何度言ったら分かってくれんだよ?おいらはイラストなんかよりニノの方が大事なんだって。」
「俺は自分の夢を叶える事が出来ないの。せめてあなたには叶えて欲しいんだよ。あなたの夢は、俺の夢でも有るの・・・」
「ニノ・・・」
「こんなチャンス、もう二度と巡ってくるか分かんないんだよ。俺の事は心配しなくていいから・・・」
「それじゃモデルの仕事は辞めちゃうのか?」
「そうなるよね・・・」
「嫌だよ。おいらはニノの傍にずっと居るって決めたんだ。誰が何を言ったって、この気持ちは変えられないよ。」
「おーのさん、俺からのお願いでも聞いてくれないの?」
「聞けない。」
「ね、じゃあこうしましょう?半年後の個展は何が何でも開いてください。勿論その個展が終わったら、あなたもここに来て俺と一緒に旅館の仕事手伝って下さいよ。それなら文句ないでしょ?」
「個展が終わるまで・・・か?」
「うん。でないと、俺があなたの夢を奪っちゃうみたいで絶対俺が一生後悔を引き摺ってしまうと思う。」
「はぁっ・・・」
「俺は本当に大丈夫ですから。半年先の楽しみも出来たことだしね。」
「ニノ・・・」
「そんな顔しないでよ。何も一生逢えなくなるわけじゃないんだよ?」
分かってる。分かってるけど、何で俺達はいつもこうなるんだよ?こんなにお互いに愛し合ってるのに・・・
ニノが必死に笑顔作ってるのが逆に痛々しくて、俺はニノの腕を掴んで引き寄せて力一杯彼の細い身体を抱き締めた。
「おいら、休日は必ず会いに来るよ。ニノが来るなって言っても逢いに来るからな。」
「フフッ・・・来るななんて言わないよ。待ってますよ。」
そして俺はその後ニノに駅まで見送られて、一人東京の自宅へと戻って行った。
つづく