
第6章
間違いだらけの選択④
「奈緒ちゃん、山下君。今日はちょっと急用出来たから、午前中までで上がって貰っていいかな?」
「ええっ?そんな・・・」
「あ、ちゃんと定時までのお給料は支払うから心配しないで。おいらの都合だし・・・」
「そ、そうですか。分かりました。」
「ゴメンね・・・」
潤君の提案で急遽仕事を早めに切り上げて、俺は病気になって倒れたという設定にしなくてはならなくて、従業員の二人には悪かったけど午前中で仕事を切り上げて貰った。
こんなことまでして、ニノが来てくれなかったらどうすんだろ?経営者としては完全に失格だ。
それでも若干の不安はあるけど、俺はとにかく今はどんな手を使ってでもニノに逢いたかった。
事務所の部屋はブラインドを下ろして完全に電気も消して、表には臨時休業の札を提げた。それから俺は普段着から寝間着に着替えてベッドの中に潜り込む。
ニノにこんな小細工してることがバレたら、益々嫌われるんじゃないか?今頃潤君はニノと仕事の打ち合わせに入ってる筈。
間もなくニノがここにやって来るのかと思うと、心臓がドキドキと高鳴った。だってこの3週間、顔は勿論、声だって聞いてないんだもの。
俺からするともう3か月以上離れている様な感覚だ。机の上の電波時計が午後3時を回った頃に潤君から電話が入る。
「あ、もしもし大野さん?俺です。今ニノがそっちに向かいましたから、20分位で到着すると思いますよ。」
「まっ、マジか・・・ど、どうしよう。」
「俺の言う事をめっちゃ信じたみたいだから、大野さんはとにかく死にそうなフリしてて下さいよ。」
「し、死にそうなって・・・どんな言い方したんだよ?」
「極度の過労とストレスから倒れて寝てるらしいって。もう1週間くらい仕事も休んでるらしいって、言っときました。」
「そ、そこまで言わなくても・・・」
「死にそうになってるくらい言わないと信じないからね。でもそのお陰でめちゃめちゃ血相変えて出て行きましたから。ちゃんと戻って来てくれって言わないとダメですよ?何でここまでやってるのか分かってます?」
「わ、分かってるよ。」
「とにかくあなた死にそうなんだから、色々最初から喋んないでいいですからね。」
「う、うん・・・」
「うまくいったら、連絡下さいよ。それじゃ、健闘を祈ります。頑張ってね。」
「有難うね。」
電話を切った後、なんだか緊張しすぎて本当に気分が悪くなってきた。こんな嘘を付かなきゃ会う事すら出来ないなんて、本当をいうと情けない話だし悔しくて仕方ないけど・・・
話をしない事には何も始まんないわけだから、こんな設定にしても協力してくれた潤君にはホント感謝でしかないわけで。だから、絶対にちゃんとニノがここに戻って来てくれる様にこの俺がもっとしっかりしないと。
玄関の鍵を開ける音がする。扉が開いてドタバタと足音を立ててこっちに向かってくるのが分かる。間違いない・・・ニノだ。俺は頭まで布団を被って寝たふりをする。
ガチャッと寝室の扉が開く。更にその足音が近づく。俺の心臓の音がニノに聞こえるんじゃないかってくらいドキドキを繰り返してる。
そして、久し振りに聞いたニノの囁くような細くて擦れた小さな声・・・
「おーのさん・・・」
直ぐにでも返事をして起き上がって抱き締めてしまいそうな衝動を必死に抑えて、俺はそのまま眠ってるフリをして暫く様子をみることにした。
つづく
潤君の提案に騙されたニノちゃん、意地になってても本当は、会いたかったはず。これで元サヤに戻ればいいんだけど、うまくいくかなぁ。ちょっぴり心配です
3240様、いつもご愛読ありがとうございます☆
ちょっと現在は意地悪展開になっていて申し訳ありません。
最後まで2人を見守ってあげてくださいね(^^♪