真夜中の虹 17
松本さんはひと通り俺に話をすると、大野さんちには寄らずにさっさと帰ってしまった。
「ただいまぁ・・・」
「あ、ニノ、随分遅かったね?」
「う、うん。小太郎が散歩嬉しかったのか、なかなか帰ろうとしなかったもんで・・・」
「へぇ・・・小太郎良かったな。ニノが散歩付き合ってくれて。」
大野さんはそう言って小太郎の頭をぐりぐり撫でた。松本さんと話してたとは流石に言えないよな。小太郎には悪いけど、ここは小太郎のせいにさせてもらった。
「大野さん?」
「ん?」
「お、俺、仕事手伝いますよ?俺に出来る事は無い?」
「え・・・」
「いや、俺はあなたに雇われてるわけだから、何もしないでお給料貰うわけにはいかないでしょ。」
早速それとなく仕事の話に持っていく俺。すると、大野さんは困った表情で頭を掻いた。
「うーん、そうなんだよねぇ。実はまだとくに具体的なことは考えてなくってさぁ。」
「で、でも、俺は遊びに来てるわけじゃないし。」
「今日は遊んで貰ってて構わないよ。」
「俺、あなたの仕事のことはよく分からないけど、教えてくれたら何でもやるよ?」
「んふふふ・・・ありがとう。とりあえずお茶でも飲もうか?」
「あ、俺淹れますよ。」
「そう?わかる?」
「コーヒーぐらい流石に俺にもわかるよ。」
「それじゃ、お願いしようかな。」
とは言っても、何処に何が有るかさっぱり分からない。
「ごめん大野さん、先ずは色々とこの家の中のこと覚えなきゃ。コーヒーって何処?」
「ふふっ・・・やっぱおいらがやるよ。」
「あ、駄目駄目。ちゃんと教えてくださいよ。」
「えっとね、コーヒーはここ。で・・・カップはそこの食器棚のどれでも使って良いから。」
「了解です。」
ひとまずコーヒーを淹れて、大野さんとリビングのソファーで寛いだ。
「あ、あの・・・大野さん?」
「ん?」
「お仕事しないで大丈夫なの?」
「え?急ぎの仕事は今のところないから・・・」
でもコンテストは?松本さんから聞いてるはずでしょ?
「そ、そうなの?」
「なんで?」
「いや・・・忙しいから俺のこと雇ったんですよね?」
「べつに忙しいからって訳じゃ無いよ。」
忙しくないのに人を雇うこの人の気が知れないんだけど・・・
「俺、一度大野さんの仕事部屋見てみたいな。」
「あぁ・・・いいけど散らかってるよ。」
「それなら俺掃除しますよ。」
「掃除とか出来ないくらい散らかってるよ。」
大野さんは立ち上がって俺を仕事部屋に案内してくれた。
「ここだよ。」
その扉を開けると、そこには沢山の大野さんの作品が所狭しと飾られていた。
「うわぁ・・・凄いな。これ全部あなたの作品なんだよね?」
「一応ね。」
「噂には聞いてたけど、マジで凄いな・・・」
「そう?」
「うん、俺にはそういったセンスは欠片もないけど、凄いってことだけは分かるよ。」
なるほど・・・櫻井さんと松本さんが言ってたことがようやく分かった。この人は見た目そんなふうには全然見えないけど、凄い才能の持ち主なんだ。これだけの才能を持ってるのに、失恋ごときでやる気出ないなんてマジで勿体ないよ。よっぽど相手の事好きだったのかな?俺の予想では櫻井さんだけど・・・
「随分埃しちゃってるけど、もしかしてここ最近放置状態ですか?」
「半年くらい触ってない。」
「えええっ?ど、どうして?」
「何ていうか、もうこれ趣味の範囲でやろうかなって思ってるんだ。」
「し、仕事は?」
「仕事って言われるとやる気が起きなくて。」
「そ、そんなの困ります!」
「えっ?」
「だって、大野さんが仕事してくれなきゃ俺がここで働けなくなるかもしんないでしょ?」
「ニノにお給料出すくらいの蓄えは有るから心配しなくていいよ。」
「いや、でも・・・いつかそれも底を尽きるわけじゃない。」
「その時はまた考えるよ。」
この人、めっちゃ蓄え持ってるってことか?それにしてもまだまだ稼げるだろうに。勿体ないよ。
「やる気が出ないんならどうしようもないけど、仮にやる気が出るとしたらどんなことかな?」
「ええっ?」
「何かご褒美が貰えるとしたら頑張る、とか・・・」
「もう、正直お金とかじゃないんだよねぇ。」
大野さんはそう言って窓から遠くを寂しそうに見つめた。まさかそれって、櫻井さんがマネージャーだったってだけで頑張れてたってこと?大野さんってめちゃくちゃピュアな人じゃん。何かそう考えたら急に可哀想にも思えてきた。
「お、大野さん。」
「ん?」
「あのさ、俺と・・・釣りにでも行かない?」
つづく