真夜中の虹 28
本当に大野さんの話は急だった。あんまり急だったから、ろくに引っ越しの為の荷づくりも出来なくて、結局大野さんが出発する前日に引っ越しの業者に頼んで俺んちの全ての荷物を運んで貰った。大野さんとの新しい生活が始まるはずだったけど、肝心の大野さんはこれから暫く不在となる。俺が運ばれた段ボールの荷解きをする横で、大野さんは黙々とスーツケースに当分の着替えを詰めてる。
「あのさ・・・聞いてもいいですか?」
「ん?何?」
「いや、その、本当に恩師?」
「え?」
「あなたが逢いに行くって人だよ。」
「あ、うん。そうだよ。」
「俺って・・・あなたの何なの?」
俺が少し不機嫌そうに口を尖らせてそう聞いてみたら、めちゃめちゃ嬉しそうに微笑んで
「もちろん大切な人。」
と答えた。それは口先だけで言われたことだとしても、ちょっぴり真に受けて恥ずかしくなる。照れくさがってるのを誤魔化す為にもっと意地悪な質問をぶつける。
「俺をここに住み込みにさせたのって、計画的なことじゃないですよね?」
「えっ?計画なんて、そんなことおいらしないよ。どうして?」
だって、長期不在になる事最初から分かってたから、小太郎の世話をさせる為に引っ越しさせることが実は丁度良かったんじゃないの?と、思わずそう言いそうになったけど、グッと堪えた。
「だけど、引っ越し早々居なくなるんじゃアレだよね。寂しい想いをさせてゴメンね。先方の状況次第だけど、できるだけ早く帰るからさ。」
「べ、べつに俺は寂しくなんか無いっすよ。俺なんかより小太郎が寂しがると思う。」
「そっか・・・」
そう言うと大野さんは立ち上がって俺の方に近付き、突然包み込むように俺の身体を抱き締めた。
「えっ?お、大野さん?」
「ゴメンな・・・ニノ。」
肩越しに大野さんが小さく呟いた。一昨日の夜から俺は大野さんと同じ部屋で、しかも一緒のベッドで寝てるんだけど、この人俺に指一本触れる事もしなかった。だから実は今、突然こうして抱き締められて戸惑ってる。っていうか、多分大野さんにも伝わるくらい俺の心臓がドキドキしてる。そして・・・次の瞬間、抱き締めていたその腕が解け大野さんの顔がゆっくりと俺の顔を下から覗き込むように近付いて来た。こ、これって・・・もしかして・・・キスしようとしてる?俺は寸前で思わず顔を背けた。
「ニノ?」
「だ、駄目です。それは・・・あなたが帰って来るまでお預けです。」
「え・・・マジか。」
それは咄嗟に口から出た俺の言い逃れだった。俺は他のマネージャー達とは違う。この人から優しくされたとかで勘違いしてるのとは訳が違う。成り行きではあるけれど、俺はこの人と正式に付き合うって事になってるわけで、この人の前では完全に恋人という立ち位置を確保してる。だから俺だって子供じゃ無いし、それがどういう事なのかを理解してないわけじゃない。だったら何故逃げる様な真似をするのかっていうと、それは多分俺が臆病者だからだと思う。身体を預ける事を躊躇うというよりも、どちらかというと完全な繋がりを持つことで俺自信が間違いなくこの人に溺れてしまう事を恐れてるんだと思う。
「ニノは本当においらのことが好き?」
「だって、俺の方ですよ?あなたに付き合って欲しいって言い出したのは。」
「そりゃそうだけど・・・」
そりゃ、不安になるよな。恋人からキスを拒否られたわけだから。
「だったらどうしてキスさせてくんないの?ですか?」
「う・・・ん。」
「だったら早く帰ってくればいいことですよ。帰ったらいくらでも出来ます。」
「ホントに?」
「俺が信じられない?」
「ううん。信じるよ。」
軽い気持ちでそんなやり取りをしてたんだけど、俺がこの事を先に後悔することになろうとはこの時は思いもしなかったんだ。
つづく