真夜中の虹 3
一瞬の隙に大事な調査の対象者の事を見失ってしまった。せっかく長距離歩いて尾行してたというのに・・・これも全部相葉さんのタイミングの悪い電話のせいだ。それにしたって電話といっても僅か1分くらいの話なのに、一瞬で居なくなるなんてとても考えられない。やっぱり入ってく姿こそ見てないけど、このマンションの住民で間違いないって俺は思った。とはいえ・・・確実な情報でなければ依頼人へ報告することは出来ない。俺はその後直ぐに相葉さんに連絡した。
「ちょっと!変なタイミングで電話してくれるから見失ったじゃない。」
「えええっ?ホントに?」
「どうしてくれんだよ!」
「だって随分時間掛かってるみたいだったから心配だったんだよ。」
「ホントあとちょっとだったのに。まぁ、おおよその見当は付いてるけど、100%この目で確かめた訳じゃないから報告はまだ出来ない。」
「うん、そうだよね。」
「悪いけど、明日も調査続行するからあなた俺の明日の仕事代わりにやってよね?」
「ええ?俺だって明日予定入ってる・・・」
「そもそもあなたが余計な電話とかしなけりゃ尾行なんてもう終わってたんだ。だから相葉さんにも責任あるよ。とにかく俺は今夜は徹夜で目星ついてるマンションを張り込むから。」
「て、徹夜か・・・俺も行こうか?」
「いらない。相葉さんは明日の仕事だけを請け負ってくれればいいから。」
「わ、分かったよ。」
こんなイージーミス、この仕事始めた当時はよくやらかしてた。だけど完全リタイアとかは一度もしたことが無くて、所長からは仕事の面ではかなり信頼されてる。だから少し無理してでも途中で放り投げる事は出来ない。単純に徹夜で張り込み、小野さんが朝から仕事へ行く姿を見付けて会社まで尾行する。ただ、このマンションに住んでなかったらアウト。その場合はあの潤って人から探らなきゃならなくなるから倍以上時間が掛かってしまう。俺の読みが正しいか否か・・・結論は明日の朝にハッキリする。それにしても季節が真冬でなくて良かった。幸い天気にも恵まれて今夜は満天の星空だ。とりあえず俺は朝まで近くの公園でその夜を過ごす事にした。人気のない公園のベンチに腰を下ろし、スマホでお気に入りの動画観たりして時間を潰した。だけど・・・俺はいつの間にかベンチでそのまま眠ってしまってた。
「こらっ、駄目だよ!小太郎!」
男の声がして、飛び起きたんだけど辺りはすっかり陽が昇ってて、俺はわけのわからない犬に顔中をペロペロ舐めまわされていた。
「わっ!やめろ!」
両腕で顔を覆い隠すようにガードすると、飼い主の男性がその犬を慌てて抱き上げ
「ご、ごめんね。」
と申し訳なさそうに俺に謝った。
「い、いや、こんな所で寝てるヤツが悪いんだから・・・」
俺は立ち上がってようやくその男性があの小野さんだという事に気が付いた。
「ああっ?!」
「えっ?」
これはこれは・・・飛んで火にいる夏の虫・・・だ。
「あ、いえ・・・」
「ホント、起こして悪かったね。」
「あー・・・そのぉ、なんだろ、あ、あれよ。夕べ飲み過ぎちゃってここで休んでたらそのまんま寝ちゃったっていうか・・・」
「んふふ・・・こんな所で寝たりしたら風邪ひくよ。」
「あ、ははは・・・ホントですよね。い、今何時だろ?」
「6時頃だけど・・・」
「うわぁ・・・マジで?」
「服汚れなかった?」
「え・・・あ、うん。」
「そっか、良かった。それじゃ・・・」
「あーっ!あのぉ・・・」
「ん?」
「つかぬ事を伺いますけど、あなたの家ってこの辺ですか?」
「あ、うん。そうだけど・・・」
「お散歩中悪いんだけど、その・・・ト、トイレ貸して貰えない?」
「え・・・」
「さっきから腹が痛くて・・・あたたたっ・・・」
それは咄嗟の思い付きだった。まさか本人と直接話せるなんて想定外。イチかバチかだったけど昨日のタイムロスをここで全部解消出来るチャンスだと思った。
「だ、大丈夫?いいよ。それじゃ着いて来て。」
ラッキー。俺の猿芝居も捨てたもんじゃないな。俺は腹痛と偽って彼の自宅に案内してもらった。
つづく