真夜中の虹 30
大野さんから留守番を仰せつかったことを松本さんに話すと、俺を信用していないという訳ではないけれど、一度あんな事件も起きてしまった事だしと、大野さんのアトリエ部屋にある作品の全てを大野さんが戻るまでトランクルームで管理すると言って引き揚げてしまった。俺は美術品の価値とかそういうのは正直全然分かんないけど、あの人の留守中に万が一、一つでも作品が無くなれば間違いなくここで留守番している俺が一番に疑われる事になるだろうから、そんなことになるくらいならそうして貰った方が俺としても断然有難い。
そして2週間が過ぎていった。最初の1週間は毎晩大野さんから電話が有った。とは言っても、「変わった事は無いか?」って質問に「特にありません。」といったふうに、何でもない短い会話しか交わさないんだけど、翌週からはその電話も数日おきになっていった。そして、大野さんが沖縄に行ってから3週間が過ぎた頃、宅配でコンテストの作品が届いた。
「あ、もしもしニノ?宅配届いた?」
「うん。無事に届きましたよ。」
「納期ギリギリになっちゃったけど、それ急いで潤に渡してくれる?」
「了解です。大野さん、凄いね。やれば出来る子じゃん。」
「んふふ。」
「いいなぁ。そっちは冬も軽装でいれるんだよね?こっちはもう寒くて・・・」
「そうだよね、もう12月だもんな。」
「そろそろ戻って来れないの?」
「ジョニーさんの状態が良くないんだ。ゴメンね、もう少し我慢出来る?」
「やだぁ。もうこんなに待たされたらいい加減あなたの顔も忘れちゃうよ。」
「ええっ・・・頼むからそんな事言わないでよ。そうだ、リモートで話す?」
「あ、それは大丈夫です。」
「何だよそれ。おいらはニノの顔見て話したいのに。」
「顔が見たいんなら早く帰って来て下さい。あとどのくらいで帰れそう?」
「容態が落ち着いたらとりあえず一旦帰宅するよ。」
「ホントに?」
「うん、約束する。」
「早く落ち着くと良いね。」
「うん・・・あっ、ニノ?」
「なに?」
「実はさ、来年こっちに引っ越そうかと思ってるんだ。」
「えっ?沖縄に?」
「うん。」
「な、何で?」
「特に理由はないけど、おいらにはこっちの空気が合ってる気がするんだ。」
「そ、そんなこと急に言われても・・・俺は?俺はどうなるの?」
「ニノも・・・良かったら一緒にこっちで暮らさない?」
「は?そんな大事なこと電話で返事なんて出来ませんよ。」
「ふふっ・・・そうだよね。とにかくそっちに戻ってからだな。」
突然そんな事を言い出すから、俺は正直返答に困った。確かに付き合うことにはしたけれど、まだそれもカタチばかりで俺達は実際には何も始まったわけじゃない。考えてみれば一緒に暮らしたと言っても僅か3日足らずで離れ離れになってしまったわけで・・・そんな俺に遠い知らない土地で一緒に暮らそうって言われても、はい、分かりましたって一つ返事で着いて行けるわけがないじゃない。どう考えたって無理だよ。このマンションに住み込みで働けって話だっていきなりだった。あの人思い付きで行動するタイプなのかな?流石にちょっとついていけない。こうなると、また俺は職を失う事になるし、やっぱりあの人に付いて行くしかないのかな。仮にそこが奈落の果てだったとしても・・・まだ正式に決まったことでは無いけど、俺のテンションはその電話から一気に下がってしまった。
それから大野さんの恩師であるジョニーさんが亡くなったという訃報が入って来たのは、皮肉にも大野さんの出展した作品がコンテストで一番栄誉ある大賞を受賞した、という連絡が入ってきたのと同じ日だった。
つづく