真夜中の虹 45
「カズ、もしもおいらが先に死んじまった時は真琴は母ちゃんか姉ちゃんに頼んでおくから・・・カズは好きなように生きてくれ。」
「は?ただの風邪なのに死ぬわけがないでしょ。何言ってんだよ、まったく。」
「分かんないじゃん、もっと他の病気かもしんないぞ?」
「ハイハイ。もう直ぐ診て貰えますから戯言はそのくらいにして。」
病院の受付を済ませて内科の待合室の椅子に腰掛けて名前が呼ばれるのを待ってる俺らの会話。智がこんな事言うのは、ここまでの高熱を出したのが幼少期以来のことだかららしい。不安なのは分かるけど、この咳と熱は素人の俺がみたって明らかに風邪だ。死ぬなんてこと間違ってもあるわけがない。
「35番でお待ちの方、診察室へどうぞ。」
「あ、35番だって。智だよ。行ってきなよ。」
「う、うん・・・」
「何やってるの?早く行きなよ。」
「カズもついて来て。」
「え?マジかよ。」
年は幾つ?一人で診察室にも入れないの?この人自分が死に至る病気と思ってるから一人で入るの怖いんだ。流石にちょっと呆れる。俺は笑いを堪えながら仕方なく一緒に内科の診察室に入った。
「どうされました?」
デスクの上のカルテを見ながら、そう尋ねたのは女医だった。
「先生、おいら死んじゃうの?」
「え・・・ええっ?」
コイツ何言ってんだ?って俺達の方を振り返ったその女医は、さっき保育園で会ったあの優芽ちゃんの母親だった。まだあれから2時間位しか経ってないし、かなりの美人だったからしっかり記憶に残ってる。
「あっ、真琴くんの・・・」
「えっ?優芽ちゃんの・・・」
勿論、智も面識があるようで、お互いビックリして暫しフリーズしてる。
「お、お医者さんだったんだ?」
「え、ええ・・・大野さんって真琴くんのお父さんだったんですね。あ、すみません。えっと・・・お熱が39℃まで上がったんですね?それで、他に辛いところは?」
「咳が出て、頭がめちゃくちゃ痛いんだけど・・・」
「それじゃ、上着を脱いで貰っていいですか?」
「えっ?ここで?」
智は恥ずかしいって両手を胸に交差して見せた。高熱出してるくせに、何でそんなふざける余裕は有るんだよ。俺はそんな智を見てちょっとイラッとした。
「馬鹿なの?脱がなきゃ聴診器で診て貰えないでしょ。ほら、さっさと脱ぎなさいよ。」
智は俺からそう言われて渋々トレーナーを脱いで上半身裸になった。
「それじゃ、息を大きく吸ってください。・・・吐いて・・・吸ってください。・・・吐いて・・・」
智は子供みたいにすぅーはぁーを繰り返す。
「もう、上着着られても結構ですよ。」
「先生、おいら死なないよね?」
「えっ・・・大丈夫ですよ。お薬で直ぐに良くなりますよ。」
「ホントに?」
「お熱が少し高いので頭痛も酷く感じるんだと思います。喉も少し腫れてますから。2,3日お薬飲んで安静にされてたら良くなりますよ。」
「よ、良かったぁ。真琴に移んないかな?」
「念の為、出来るだけ接触はしないようになさって下さい。」
「良かったですね。やっぱりただの風邪じゃん。」
「いや、まだ分かんねえぞ。」
「何言ってんですか。ちゃんと診て貰っていながら先生にも失礼でしょ。」
「うふふふ。大丈夫ですよ。あ、大野さん、いつも真琴くんには優芽がお世話になってます。」
「あっ、いえいえ、こちらこそ。」
「それじゃ、点滴しておきますね。そちらのベッドに横になられて下さい。付き添いの方は待合室でお待ち下さい。」
「あ、はい。それじゃ智、俺は駐車場で待ってるね。」
「うん、すまない。」
まさかあの美人の母親が女医だったとは。世間ってマジで狭いんだな。病院の待合室って体調の悪い患者さんが集まってるから流石に長時間待つのは抵抗があった。俺は駐車場に停めた自分の車の中で暫く仮眠を取って智の点滴が終わるのを待った。
それから1時間位して、智が車に戻って来た。
「ごめん、待たせたね。」
「ううん、俺もちょっと寝てたし。それじゃ、帰りましょうか。」
「うん。あ、カズ・・・」
「はい?」
「今日さ、真琴迎えに行く時だけど・・・」
「はい。」
「一緒に優芽ちゃんも連れて帰ってくれるか?」
「えっ?どうして?」
「何か、優芽ちゃんのお母さん遅番らしくてさ。」
「いやいや・・・他に身内の人いるでしょ?お医者なんて早番遅番は当たり前だからちゃんと頼んであるはずでしょ。」
「おいらが点滴してる間に電話が掛かって来てさ、おばあちゃんが体調崩してお迎え行けなくなったらしいんだ。」
「ふうん。でも何でうちが引き受けるわけ?」
「困ってるみたいだったから、うちで預かりましょうかって言ったら、すげえ助かりますって頭下げられて・・・」
「出ましたよ、お節介・・・」
「えっ?」
「いえ、べつに。はいはい。優芽ちゃんね。連れて帰ればいいんでしょ。」
自分は風邪でダウンしてるっていうのに、他所の子預かるって一体どういう神経してんのさ?お人好しにも程があるよ。ひと言文句も言いたいところだけど、病人相手に怒る気もしない。俺は半ば諦め口調で返事をするしかなかった。
つづく