真夜中の虹 46
智の熱はそれから数時間後には微熱にまで下がった。それでも安静に寝てなきゃならないので、夕方には再び俺が真琴を保育園までお迎えに行った。保育園に着くと、俺の顔を見るなり受け持ちの保育士が園内で遊んでる真琴と優芽ちゃんを呼んで帰りの支度を急がせた。
「優芽ちゃんのお母さんから先程ご連絡があって、今日は真琴くんのお家で優芽ちゃんを預かって貰うことになったと伺ってます。」
「あ、はい。こちらも承諾はしています。」
「優芽ちゃん、お母さんのお仕事が終わるまで待てるかな?」
「うん。ゆめ、待てるよ。」
「それじゃ、すみませんが優芽ちゃんを宜しくお願いします。」
「了解です。」
真琴と優芽ちゃんは元々仲良しみたいで、特に真琴は優芽ちゃんがうちに来るって知って大喜びだ。
「ゆめちゃん、ぼくんち直ぐそこだからね。帰ったら何して遊ぶ?あ、小太郎も居るよ。」
「小太郎って誰?真琴くんの弟?」
「犬だよ。」
「へぇ。犬飼ってるの?いいなぁ。」
「うん、ほら、早く行こう。」
真琴は優芽ちゃんの手を掴んで走ろうとした。
「こーら、危ないから走らないの。優芽ちゃん転んで怪我でもしたらどうするんだよ。」
「はぁい。」
真琴も一人っ子だから本当は寂しいのかな。真琴にも兄弟でもいりゃ良いんだろうけど・・・真琴のテンションが高いから分かり易いんだけど、よほど優芽ちゃんが家に来るのが嬉しいんだと思う。
「はい、到着です。」
「ただいまぁ。さとしは?」
「寝てる。優芽ちゃん、上がって。」
「おじゃまします。」
「優芽ちゃんお利口さんだな。真琴、優芽ちゃんと洗面所で手洗いしな。」
「はーい。ゆめちゃん、こっちだよ。」
「うん。」
二人が手洗いしてる間に俺はおやつを準備する。
「二人とも、手洗い終わったならこっち来ておやつ食べな。」
「はーい。」
「ところで優芽ちゃんは好き嫌いある?」
「えっ?」
「苦手な食べ物とかある?」
「ピーマン・・・かな。」
「へえ、お子様あるあるだな。了解、ピーマンね。それじゃ好きな食べ物は?」
「うーんとね・・・ゆめはハンバーグがすき。」
「僕もハンバーグ大大だぁい好き。」
「それじゃ、今夜はハンバーグにしような。」
「わーい。ハンバーグだぁ。」
5歳児ってまだまだ子供らしくて可愛らしい。これがあと数年で反抗期とかになるんだよな。考えただけでゾッとする。
「ねぇ、さとしはまだ病気なの?」
「えっ?あ、うん。真琴に移るといけないから、暫くは直接会っちゃ駄目だよ。」
「えええーっ。つまんなーい。」
「マコトくんのパパ、ご病気なの?」
「そうなんだ。」
「それなら、うちのママに治してもらうといいのに・・・」
「あ、今朝優芽ちゃんのママに診て貰ったよ。だから大丈夫、直ぐに良くなるって。優芽ちゃんのママ、お医者さんなんだね。」
「うん、ゆめのママは病院でお仕事してるんだ。」
「優芽ちゃんのパパは?何してる人?」
「ゆめ・・・パパはいないよ。」
「えっ?」
「ゆめちゃんちは、僕んちと逆さまなんだよ。僕にはママが居ないけど、ゆめちゃんにはパパが居ないんだよ。ね?ゆめちゃん。」
「うん、いない。」
「あ・・・そうなんだ?なんか、ゴメンね。何にも知らなくて・・・」
俺って最低?子供にマズい事言わせちゃったな。
「真琴、俺夕飯の支度とか有るからさ、優芽ちゃんと暫く遊んでて。」
「うん、ゆめちゃん、あっちで遊ぼう。」
「うん。」
二人はリビングで仲良く小太郎と遊んでた。俺はその間に夕飯の支度に入った。そうやってると、いつの間にかキッチンに智がぬるっと現れた。
「カズ、すまないな。全部任せちゃって。」
そう言って後ろからハグしてきた。
「あっ、駄目じゃん、寝てなきゃ。用事あるなら電話してくれなきゃ。」
俺はちょっと照れながらその腕を払い除けた。
「もう熱下がったし・・・」
「何言ってるの。真琴と優芽ちゃんに移りでもしたらどうするんだよ。」
「あ、そうか・・・」
「分かったらさっさと寝室に戻る!」
「わかったよ。でもマジでゴメンな。あ、優芽ちゃんのお母さんから連絡あって8時頃までには迎えに来ますって。」
「そうなんだ。夕飯出来たら部屋に運びますから。それまで大人しく寝てて下さい。こっちは俺に任せて。」
「うん、ありがとな。」
そうこうしてると、リビングに居た二人が智に気付いてキッチンに駆け寄ろうとした。
「あぁー!さとしだ!」
「おぉ、お帰り。優芽ちゃんもいらっしゃい。」
「こらっ、こっち来ちゃ駄目だって言ってるでしょ。ほら、あなたもさっさと部屋に戻りなさいよ。」
「分かってるって。」
智は渋々自分の部屋に戻って行った。
「そうだ真琴、小太郎にご飯あげて。」
「はぁい。」
その場に残った優芽ちゃんが、じっと俺の顔を見て何か言いたそうにしてる。
「ん?何?」
「ねぇ?おじちゃんも真琴くんのパパなの?」
「えっ?お、俺?」
「いいなぁ。真琴くんはパパが二人もいて。」
そうか。優芽ちゃんには俺も真琴のパパに見えるんだ。こんな小さい子に智との関係を詳しく説明しても理解できるわけないし・・・
「俺は真琴のパパではないよ。」
「パパじゃないなら何なの?」
「うーん・・・何て言うか、俺は、真琴のパパの弟、みたいなものかな・・・」
「へえ。」
説明が面倒だから俺は優芽ちゃんに適当な嘘でその場を誤魔化した。
つづく