真夜中の虹 55 (side satoshi)
「さとし、カズは旅行に行ってくるんだって。すぐに戻ってくるよね?」
「えっ・・・何だ?旅行って・・・」
「カズがそう言ってたよ。」
「そうか・・・」
突然弁護士が現れて、真琴の本当の父親が真琴を引き取りたいと言っているという話を聞いて、正直俺は平常心を保てなかった。カズには酷い事を言ってしまった。だけど、これで良かったとも思ってる。元々真琴は俺の勝手で引き取って育てることになった。カズとは付き合い始めて間もなかったこともあるけど、俺自身別れる選択肢なんて何処にも無かったし、カズが真琴の事も全て理解して受け入れてくれるのなら、ずっと3人で一緒に暮らしたいと本気で思った。だけど、カズは本当は色んな事を我慢してくれてたんじゃないかって、今頃になって気が付いた。俺はカズの優しさに何も分からずに勝手に甘えてたんだ。カズにはこんな自分なんかよりもっと幸せにしてくれる人間が他にもいるかもしれない。そう思ったら、荷物纏めて出て行くカズの事を無理に引き留めることは出来なかったし、後を追う事も出来なかった。とはいえ、カズが居ない家の中は何処か寂しい。正直まだ実感もなくて、それだけ傍に居てくれることが当たり前になってたんだ。
「カズ、小太郎の散歩・・・」
「さとし、カズはいないよ。」
「あ、そ、そうだよな。真琴、一緒に小太郎の散歩行くか。」
「うん!」
リード線引きながらスマホ画面をチェックする。カズから連絡来てるかもしれないって思うから、つい何度も確認しては大きな溜息をつく。家出させるようなことを言ったのは俺なのに、本当に自分でも呆れるくらい未練がましい。カズはもう二度と俺の前に姿を現さないかもしれない。そう思うと、今ならまだ謝って何とかなるかもしれない・・・いや、でもこれはカズの為なんだ。人間は我慢を続けたり、無理して笑おうとすればするほど心が自然に病んでいく。子供の目にはそれがいち早く伝わる事も、俺は何も分かっちゃいなかった。
「さとし、いつ札幌にいくの?それまでにはカズ戻ってくるんでしょ?」
「え・・・あ・・・札幌?札幌行きは無しだ。」
「ええっ?どうして?ぼく優芽ちゃんちでお留守番するの楽しみにしてたのに。」
「札幌の話はなくなったんだよ。」
「そんなぁ。」
「いいか?真琴、カズはもうここには帰って来ない。これからはおいらと二人だから、カズの話はもうするんじゃないぞ。」
「え?カズは戻ってくるって言ったもん。旅行に行ってるだけだもん。」
「帰らないって言ったら帰らないの!」
「うわーん。うそつき!さとしのばかぁ!」
「真琴・・・」
真琴は目の前で大号泣した。泣きたいのはこっちの方だ。こんな時カズが居たら、真琴を宥めて俺を叱ってくれただろうな。カズが居ない寂しさを子供に当たり散らして解消するなんて、俺はなんて最低なヤツなんだ。自覚はあるんだけど感情のコントロールが出来ない。あんなに真琴と離れて暮らすことを認めてなかったくせに、流石に今の自分のメンタルを考えても、傍に真琴を置いておくことは真琴の為には良くないと思った。実際、真琴はその日を境にすっかり元気を失くしてしまい、口数も少なくなっていた。俺はその数日後実家へ行って事情を話し、暫く真琴の面倒をみて貰う事にした。事情と言っても、カズの事は面倒だから一切伝えず仕事で家を空ける事を理由にした。
それから数日経って、あの弁護士が再び俺に連絡して来た。
つづく