真夜中の虹 66
「ちょっと?ホテルはこっちじゃないですよ?」
「宿泊はキャンセルだ。日帰りする!」
「え?どうしてだよ?」
「ねえ、ぼくお腹空いた。」
「飯なら新幹線の中で弁当買ってやるから。」
「ええーっ?」
「智?一体どうしたんですか?」
「気分が変わった。」
「は?あなたの気分で俺達振り回されなきゃなんないの?」
「・・・」
「ご、ごめん。言い過ぎた。」
「いや・・・おいらもどうかしてた。真琴、何食べたい?飯行こうか。」
「わーい。ぼくオムライスが食べたい。」
智が情緒不安定になった理由は明らかにあの遠藤夫婦と対面したから。多分、自分が想像してた人物とはかけ離れてたからだと思う。勿論デリケートな話だから、そこには一切触れなかったけど。俺だって、遠藤さんがもっといい加減そうなヤツだったらって正直思ったもの。俺のイメージとは正反対に誠実そうだし、奥さんも綺麗で優しそうな人。あの二人に直面したら、そりゃ色々とショックなのは俺にだって分かる。その場から逃げ出したのが論より証拠。あんな奴に真琴を渡してなるものかってくらいの悪い人物像を描いてたんなら、恐らく今智は自分の中で物凄く葛藤を繰り広げて苦しんでいるに違いない。
何とか日帰りを思い留まり、俺達は宿泊先のホテルの近くのファミレスに向かった。
「それじゃ、オムライスとドリンクのセット一つと、俺は・・・ハンバーグ和定食。智は何にする?」
「・・・」
「智?」
「あ・・・俺はアイスカフェオレだけでいい。」
「駄目です。ちゃんと食べて下さい。」
「食欲ねぇんだよ。」
「大丈夫?どっか具合でも悪い?」
「・・・いや」
飯も食えない程メンタルやられた?それから、智は殆ど口を閉ざしてしまい、注文した品が届いてからもずっと窓の外をぼんやりと眺めて明らかに元気がなかった。予定ではその後真琴を遊園地に連れて行くはずだったけど、智がそんな調子だから予定を変更してホテルのチェックイン時間まで付近の商店街を散策して過ごした。
「ねぇ?遊園地はいかないの?」
「う、うん。真琴、遊園地は東京戻ってからまた連れてくから・・・」
「ええーっ。やだぁ。ぼく遊園地楽しみにしてたのにぃ。」
「今回は我慢しろ!」
「やだ、やだっ!」
「言う事を利かないヤツは、俺んちの子じゃねーぞ!」
「ちょっ、智?!」
「うわぁーん。」
「わ、悪いとーちゃんだな。ほら、真琴、おいで。」
俺は泣きじゃくる真琴をおんぶした。真琴は歩き疲れ、泣き疲れて俺の背中で眠ってしまった。真琴に大声で怒鳴るなんて、智らしくない。どんな時も真琴には優しい父親だったのに・・・それから間もなくホテルにチェックインして、俺は真琴をベッドに寝かせた。
「うふふ。流石に朝も早かったし、幼い真琴にはハードスケジュールだったよね。良く寝てる。」
「・・・ゴメン、ちょっとおいら出掛けて来る。」
「えっ?出掛けるって・・・何処に?」
「ぶらっと散歩・・・」
「え・・・あ、うん。」
とにかく今は俺と喋るのも苦痛な様子で、俺はそれ以上智を責める事も引き留める事も出来なかった。
智が出掛けてから3時間も経った。ぶらっと散歩がどんだけの距離歩いてんだよ?俺は心配になって智に電話を掛けた。
「もしもし?智?あなたこんな時間まで何処ほっつき歩いてるの?」
「あ、ゴメン。ちょっと大事な用事が出来たんだ。もう少ししたら戻るからさ・・・真琴の事頼んだよ。」
「大事な用事って・・・」
「帰ったらちゃんと説明するから!」
「わ、分かりました。」
それから1時間くらい経って、何処か吹っ切れたという感じの表情で智はホテルの部屋に戻って来た。
つづく